―――  雨と恋 5【速 水】  ――― 





俺は車の後部座席から雨に濡れるビル街を眺めていた。テレビ局から社に戻る所だった。
昼過ぎから降り出した雨は夕方には止むはずだったが、今も降り続いている。
雨はあの子の事を思い出させる。


――帰りたくない。

――どうして?

――次がないから

――じゃあ、今夜会うか?

――本当に?

――だから、帰ろう

――はい

 
 俺との約束にはじけるような笑顔を見せたマヤ。その表情に俺への憎しみも恨みも感じられない。
 それどころか昨夜のマヤは好きな男の前でするような嬉しそうな顔をしていた。
 俺は母親を死に追いやった憎い相手なのに、どうしてマヤはそんな表情を見せるのか?
 全くマヤの気持ちがわからず一日中悶々としていた。
 だけど、今夜もマヤに会える事が楽しみだ。
 なぜかあの子といると気が休まるのだ。11も年が違うのに、立場だって違い過ぎるのにあの子の側は居心地がいい。
 だから俺は一刻も早く仕事を切り上げてマヤに会いに行くつもりだった。

 だが、思いがけない来客が大都芸能の前にいた。
 車のヘッドライトに照らされ、赤い傘から顔を見せたのは片山なみだった。
 
 
「お時間を作って頂きありがとうございます」
 社長室で向き合った片山なみは落ち着いた様子でそう口にした。
 先日会った時は泣きながら大暴れをしていたが、もう心の整理はついたという事だろうか。
 俺は水城君が置いていったコーヒーを一口だけすすり、片山を見た。
「俺の所に来たという事は結論が出たという事だな?」
 片山が不倫相手と別れるか、大都芸能を辞めるかの決断を迫っていた。
 はい。と頷いた片山は真っ直ぐに俺を見た。やや吊り上がった大きな目は揺るぎない何かを感じさせた。
 男と別れる決意が出来たのだろうと思った。
 しかし、片山は違う答えを口にした。
「彼とは別れません」
 コーヒーカップに伸ばしかけた手が止まった。
 聞き間違えかと思い、黙ったまま片山を見ると彼女は口の端をあげ「彼とは何があっても別れません」と言い切った。
 一気に怒りのボルテージが上がる。
 ふざけるな。お前にいくら投資してきたと思ってるんだと怒鳴りそうになるのを抑え、煙草に手を伸ばした。
 苛立ちをぶつけるように煙を吐き出し片山を睨んだ。
「じゃあ、大都芸能を辞めるという事だな」
「大都芸能も辞めません」
 苦笑が零れる。そんな筋の通らない事を許す程俺は甘くない。
「そんなワガママが通ると思ってるのか?」
 片山を正面から見据えると、片山が笑みを浮かべた。
「社長を脅す事にします」
 一瞬、何を言われたかわからなかった。
 片山は腕を組み余裕のある態度で俺を見ていた。
「笑えない冗談だな」
「冗談じゃありません。本気です」と言って、片山はテーブルの上に封筒を置いた。
「確認してください」
 片山は強気な表情を浮かべた。
 俺は封筒の中を確かめた。
「これは……」
 中身は写真だった。
「その写真に社長と一緒に写ってるのは北島マヤですよね?」
 昨夜、ホテルのバーでマヤと飲んでいた時のものだった。心臓の鼓動が少しだけ早くなった。
 まさかこんな所を人に見られてたなんて。
「確かに北島君だ」
「意外とすんなり認めるんですね」
 片山が笑う。
「隠すような後ろめたい事はないからな」
「じゃあ、この写真は?」
 片山が別の写真をテーブルの上に置いた。
 写真はマヤとホテルの部屋に入る所をとらえていた。
「北島マヤってまだ17才ですよね。未成年とホテルに泊まって社長何してたんですか?」
 疑うような目を片山が向けてくる。
「何もないって言っても君は信じないだろうな」
「私じゃありませんよ。世間がです」
「つまり、この写真で俺を脅すという事か」
「週刊誌に持っていったらきっと面白がってくれると思うんですよね。あの大都芸能のやり手社長が紅天女候補の、
しかも未成年の女の子とデキてたなんて、すごいスキャンダルになると思いません?」
 片山の下品な言い方に腹にたまった怒りが噴き出す。
「彼女とはそんなんじゃない!」
 思わず大声で怒鳴っていた。
「おー、こわ。社長でも感情的に怒る事ってあるんですね」
 面白がるように片山が笑い出す。意地の悪い女だと思ったが、俺も片山に対して意地の悪い事はしてる。
 これでお相子か。とにかく冷静にならなければならない。
「北島マヤの事は巻き込みたくない。彼女は大事な商品なんだ」
「商品?芸能界を追放されたあの子にそんな価値あるんですか?」
「彼女は紅天女候補だ。彼女が候補でいる限り価値はある」
「じゃあ、彼女が紅天女候補でなくなったら、社長はもうあの子に会わないって事ですか?」
 一瞬、突き刺さるような冷たい風が胸の中を通り抜けた。
 マヤが紅天女候補じゃなくなったらなんて事は一度も考えた事がなかった。
「ああ、もちろんだ。会う理由がない」と口にしながら、ズキリと胸の奥に痛みが走る。
「そうかしら?私は社長は紅天女とは関係なく北島マヤに会いに行くと思いますけど」
「どういう意味だ?」
「北島マヤとバーにいた社長がとっても楽しそうに見えたって事です。意外でしたけど」
 フフと片山が思わせぶりに笑う。
 片山が何を言いたいのか全く俺にはわからなかった。
「君が何を勘ぐってるか知らないが、とにかく北島マヤを巻き込むな」
「私が彼と交際している事は認めてくれますね?」
「それとこれとは別だ。不倫してるアイドルを世間が許すはずはない」
「未成年とホテルに泊まった社長だって世間から許されませんよ」
「世間には出ない。週刊誌に売り込んでも記事になる前に俺がもみ消す」
「……汚い」
 片山が悔しそうに唇をかんだ。
「誉め言葉として取っておく」
「私と彼の記事だってもみ消し続けてくれればいいじゃない!」
「そういう訳にはいかない。君の記事をもみ消し続けるには金がかかり過ぎる」
「私にお金を使うのが惜しいって事ですか?」
「俺は社長として効率のいい金の使い方がしたいだけだ」
「酷い!」
「酷いのは君だ。君を信頼して売り込んでるんだ。君はその信頼を裏切ってるんだぞ。
一体何百人の人間が君に関わってると思ってるんだ?君のスキャンダルが表に出れば大勢のスタッフが
路頭に迷う事になるんだぞ。君はその責任をちゃんとわかってるのか?」
 片山が青白い顔で俯いた。
「君の肩には何百人、何千人の人間の生活がかかってるんだ。君はそれをちゃんと自覚しなければならない。
それが嫌ならアイドルを辞めろ!」
 強くテーブルを叩くと片山がビクッと肩を動かした。
 すすり泣くような声が聞こえてくる。
 片山は肩を震わせて泣き始めた。やっとアイドルとしての責任がわかったのだろう。
 やれやれと思いながら、時計を見ると午後八時を過ぎていた。俺からの連絡を待つマヤの姿が浮かんだ。
「とにかく今夜はもう帰りなさい。水城君に送らせるから」
 これ以上片山に時間をとられるのは嫌だった。
 ソファから立ち上がり、デスクのインターホンで水城君を呼んだ。
 すぐに水城君が社長室に現れた。ソファで泣いてる片山を見て水城君は全てを察したような目で俺を見た。
「彼女を家まで送り届けて欲しい」
「かしこまりました」
 水城君が片山を連れて社長室から出て行くと、俺はすぐにマヤに電話した。
「速水だ」
「速水さん!」
 俺を待っていたような弾んだ声がした。
「すまない。今夜はやはり会えない」
「え」
 気まずい沈黙が流れる。
 受話器越しにがっかりしたようなマヤの感情が伝わってきた。
「本当にすまない」
 俺だってマヤに会いたかった。だが片山に見せつけられた写真が臆病にさせた。
 いつどこで誰に見られているかわからない。その事を全く俺は意識してなかった。
 俺のせいでマヤがスキャンダルに巻き込まれて紅天女候補から外されるような事が万が一でもあってはならなかった。
「いえ……あたしの方こそ無理いってすみません」
 沈んだマヤの声が響いた。
「速水さん忙しいのに、本当にごめんなさい」
「謝らないでくれ。悪いのは俺だ」
「いいえ。速水さんは悪くありません」
「いや、俺が悪い」
「いいえ。悪いのは無理言ったあたしです」
「いや、俺だ」
「いえ、あたしです」
「俺だ」
「いえ、あたし」と言った所でぷっとマヤが笑い出した。
「あたしたち何をムキになってるんでしょうね」
「本当だな」
 つまらない言い合いに可笑しくなってくる。
 でも、こんなやり取りにホッとする。
「あの、速水さん」
「何だ?」
「もう少しだけ話しててもいいですか?」
「ああ。いいよ」
「ありがとうございます」
 嬉しそうなマヤの声にじんわりと胸が温かくなった。
「速水さんの声って、低くて温かい声だから聞いてると安心できるんです」
「そんな事初めて言われた」
「そうなんですか?」
「ああ」
「じゃあ、あたしが第一発見者ですね」
「殺人事件の発見者みたいな言い方だな」
「だって他に言い方浮かばないから」
「君はよく通る声してるな。舞台映えする声だ。だから君が騒いでるとすぐにわかる」
「それって褒めてるんですか?」
「一応そのつもりだ」
「うーん。なんか褒められた気がしないです」
「俺は君の声を聞くと何だかホッとするんだ。不思議だな。年だって11も離れてるのに、君といる時はそんな事感じない」
「それってあたしが大人って事ですか?」 
「ちびちゃんが大人だって?くっくっくっくっく」
 笑いが止まらなくなる。
「もう、速水さんいつまで笑ってるんですか」
「これは失敬。大人って言葉が似合わな過ぎて」
「あたしだって後、三年すれば本当に大人になるんだから」
 ムキになったようなマヤの言い方が可笑しくてさらに笑ってしまう。
「大人になったら速水さんが悔しがるぐらい綺麗になってるんだから」
「そうか。そうか。ちびちゃんも大人になるのか。サナギからかえった蝶が蛾じゃない事を祈ってるよ」
「やっぱり速水さんっていじめっ子ですね。きっと子供の頃は女の子いじめて楽しんでたんでしょう?」
「ああ楽しいね。特に君みたいな子をいじめるのは大好きだ」
 受話器越しにため息が聞こえた。そして沈黙が流れる。
「ちびちゃん?」
 調子に乗っていじめ過ぎたかと心配になる。
「……会いたいな」
 喉の奥から絞り出すような声に胸が締めつけられた。
「あ、ごめんなさい。今のはナシです」
 慌てたようなマヤの声がした。
「俺だって……」
「え?」
「いや、何でもない。そろそろ仕事に戻らないとならないんだ。切るよ」
「はい。ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみ」
 受話器を置くと窓の方を見た。
 雨はまだ降っていた。
 マヤも今、窓辺に立って雨を見ている気がした。
 無性に会いたくなる。今夜は会わないと決めたのに体の奥から込みあがる何かに突き動かされた。
 俺は会社を出てタクシーを拾った。

 三十分後、俺はマヤのアパートの前にいた。
 ベランダ側の窓から彼女の部屋の灯りを確認した。
 ギシギシと古い木造の床を革靴で歩き、マヤの部屋の前で立ち止まった。
 ドアをノックしようと手をあげた時、迷いが生まれた。
 マヤには会ってはいけない気がした。今、こうしてる瞬間でさえ誰かに見られたら余計な誤解を招くかもしれない。
 マヤの母親を死なせた日から何があってもマヤの事は守ろうと決めていた。
 なのに、今の自分の行動はマヤの為になる事はではない。
 しかし、会いたかった。一目だけでもいいからマヤの顔を見たい。
 だけど……会うべきではない。片山なみに弱味を握られるような事はこれ以上したらいけない。
 肺の奥から深いため息をつくと、俺はドアに背を向け再びギシギシと鳴る廊下を歩いた。

「速水さん!」

 背中越しにマヤのよく通る声を聞いた。
 振り向くと部屋から廊下に出て来たマヤがいた。
「ちびちゃん……」
「やっぱり速水さん来てくれたんですね」
「うん。まあ、その何だ。近くに用事があったからついでだ」
 素直に会いたいから来たとは言えなかった。
「あがっていって下さい。狭いところですけど」
 側まで来たマヤが俺の上着の裾をつかみながら口にする。
 少し自信のなさそうな表情を浮かべ、こちらを見上げるマヤに胸の鼓動が早くなった。
「じゃあ、少しだけ」
 帰ると言うつもりが違う事を口にしてた。
 彼女には弱いなとつくづく思う。
 一応周囲を見渡して誰にも見られてない事を確認してからマヤの部屋に入った。
 台所と八畳間があるだけの古びた部屋は何度来ても居たたまれない気持ちにさせる。
 俺が劇団つきかげを潰さなければ彼女はこんな所に住む事はなかっただろう。
「狭くてすみません」
 戸口で立っているとマヤが申し訳なさそうに口にした。
「君が謝る事じゃない。それに俺も子供の頃はこんなアパートに住んでたよ」
「速水さんが?」
 マヤが目を丸くした。
「そんなに驚く事か?」
「はい。速水さんはずっとお城みたいなお家に住んでると思ってました」
「母が義父と再婚するまでは俺も母と二人暮らしだったんだよ」
 さらにマヤが意外そうな顔で俺を見上げた。
 俺は笑いながら戸口から八畳間のテーブルの前に座った。
「あっ、今、お茶いれます」
「おかまいなく」
「いえ、いれます。あたしも飲みたかったんで。ついでです」
「ついでか」
「いえ、だからその……」
 マヤが何て言ったらいいかわからなそうに台所でもじもじとしだした。
 俺に気を遣ってくれてるのがわかり嬉しかった。
「じゃあ、熱い茶をいれてくれ」
「はい」
 マヤが薬缶を火にかけた。
「青木君は?」
 同居人の姿が見えない事が気になった。アルバイトにでも行ってるのだろうか。
「あっ、麗は一昨日から劇団のみんなと大阪に行ってます」
「大阪に?」
 思いがけない答えだった。
「はい。向こうで芝居をする事になって。帰って来るのは来週になります」
「それは凄いね。きっといい経験になるだろう」
「そうですね。本当はあたしも行きたかったけど、月影先生にダメって言われて」
 マヤの声に寂しさを感じた。芸能界を追放されたのは俺の責任でもあった。
 申し訳なさに胸が痛くなった。
「きっと君にもチャンスが来るよ」
「だといいんですけどね。あっ、お湯がわきました」
 台所から盆にのせた急須と湯のみを持ってマヤがテーブルの前に座った。
「どうぞ」
 茶をいれた湯のみを俺の前に置いてくれた。
「いただくよ」
 早速口にすると、希望した通りの熱い茶だった。
「じゃあ、青木君が帰って来るまでちびちゃん一人なのか」
 隣に座るマヤを見ると、フーフーと湯のみに息を吹きかけていた。熱いのは苦手なのかもしれない。
「そうなんですよ。だから今朝なんて寝坊しちゃって」
「帰ってからまた寝たのか?」
「なんか畳に横になってたら寝ちゃって。やっぱり慣れない所だとよく眠れなくて」
 昨夜の記憶が蘇ったのかマヤが少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あたしたち……今朝まで一緒だったんですよね」
 伺うようにマヤが俺の方を見た。その視線に急に落ち着かない気持ちになってくる。
「ああ、そうだな」
 今朝の事を思い出すとくすぐったいような気持ちに捕らわれた。
「今日も朝まで一緒だったらいいのに」
 独り言のように言ったマヤの言葉に鼓動が早くなる。
「そんな事男に言うもんじゃない。勘違いされるぞ」
「勘違いって?」
 マヤに聞き返され一気に窮地に追い込まれた。
 これ以上なんて答えたらいいのか。男女の事に鈍いマヤに何を言っても伝わらない気がする。
「だから、そんな事言われた男は気があるのかと思ってしまうんだ」
「気があるって?」
 きょとんとしたマヤの表情にやっぱり伝わってないと落胆した。
「だから、その……好きってことだ。まあ、君が俺に対してそんな気がないのはわかってるから。
昨夜も今日も俺にいて欲しいのは青木くんがいないから心細かったんだろ?」
 確認するようにマヤを見るとなぜか泣きそうな顔をしていた。
「ちびちゃん?」
 マヤは黙ったまま俯いた。
「どうした?」
「……この間」
「え?」
「この間、雨の中で告白した事は悪戯じゃありません」
 顔を上げたマヤに真っ直ぐに見つめられた。
「私、速水さんの事が好きなんです」
 信じられない言葉だった。思わずじっとマヤを見てしまう。
 頬を赤く染めたマヤは真剣な表情でこちらを見ていた。
「今夜は速水さんの返事が聞きたいです。速水さん、聞かせて下さい」
 いきなり過ぎる展開に何て答えたらいいかわからず、俺は笑うしかなかった。
「ぶっはははははは。ちびちゃん、一体どうしたんだ?君らしくないぞ」
「何で笑うんですか?あたし、そんなに可笑しな事言ってますか?」
 少しもマヤは冗談にしようという気がなかった。
「ああ。おかしいね。俺は君に憎まれて当然の相手だ。この間まで俺の事を大嫌いだって言ってたじゃないか。
それが急に好きになったって言われても信じられないね」
「でも、あたし本気です。速水さんこそ逃げないでください」
「別に俺は逃げてない」
「じゃあ、気持ちを聞かせて下さい。あたしの事好きですか?嫌いですか?」
「ノーコメント」
「そんなのズルい」
「大人はね、簡単に気持ちを言わないものなんだよ」
 湯のみを空にすると、俺は立ち上がった。
「帰るよ。まだ仕事が残ってるんだ」
「帰る前に速水さんの気持ち教えてください」
 マヤが俺の前に両腕を広げて立った。マヤの必死さが伝わってくる。
 俺の事を好きだと言ったのはどうやら本気のようだ。
 でも、急にどうして俺なんかを好きになったのか……。
 好かれて悪い気はしないが腑に落ちない。
「そんなに俺の気持ちが知りたいのか?」
「はい」
「じゃあ、嫌いだ」
 マヤの目がすぐに涙でいっぱいになる。
「……そうですか」
 涙交じりの弱々しい声がした。
 マヤを傷つけてしまった事に胸が痛むが、これでマヤから俺に近づく事はなくなるはずだ。
 片山なみに弱味を握られる事もなくなり、妙なスキャンダルが週刊誌に載るリスクも避けられる。
 マヤを守るためには今は距離を取る事が必要だった。
「お茶、ごちそうさま」
 俺は泣いてるマヤの横を通って部屋を出た。
 外に出るとまだ雨が降っていた。来た時よりも大降りになっていた。
 傘は持っていなかった。この中を歩けば間違いなくずぶ濡れになる。
 だが、丁度いい。マヤを傷つけたんだから、雨に濡れるぐらい当たり前だ。
 覚悟を決め、雨の中を歩き出そうとした時、ぐいっと後ろから上着の裾をつかまれる。
「ちびちゃん」
 涙の残る目でマヤが俺を見ていた。
「やっぱり速水さん、傘持ってなかった」
 涙交じりの声でマヤが小さく笑った。
「これ、使って下さい」
 マヤからビニール傘を渡された。傘は少しくたびれた感じに見えた。
「そんなのしかないんです。でも、イチゴの傘よりはマシでしょ?」
 笑顔を浮かべるマヤが痛々しく見えた。
「俺の心配をしてくれるのか?」
「好きですから」と言って俺を見上げるマヤに胸が締めつけられた。
 堪らず俺はマヤを抱きしめた。小さな体が腕の中で緊張するのを感じた。
「どうして君はそうなんだ。俺は君の母親を死なせた男だぞ。俺の事をもっと憎め、恨め、嫌いになれ。
 俺は君に好かれる資格がない」
「速水さんこそ、どうしてあたしを抱きしめるの?」
「君の事が嫌いで嫌いで堪らないからだ」
「そんなにあたしが嫌い?」
「ああ、嫌いだ」
「でも、あたしは好きです」
 マヤの顔を見ると愛しさが込みあがった。
 11も年下の彼女に恋愛感情など持ってはいけないと思っていたが、もう限界だった。
 本当は好きで好きで堪らなかった。
「俺も好きだ」
 そう口にし、マヤの唇にキスをした。


つづく
 
 



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2016.10. 9





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