永遠の薔薇





「・・・速水さん・・・?」
マンションに帰るとエントランスの前に長身の人影が見えた。
まさかと思いながら、心当たりの人物の名を口にする。
「・・・やぁ。ちびちゃん」
やはり彼だった。
思いがけない事に胸が大きく動揺する。
「どうしたん・・・ですか?」
彼と最後に会ったのは丁度一週間前の事だ。
その日は彼と鷹宮紫織さんの結婚式だった。
とても豪華な式だ。
つくづく手の届かなかった恋だった事を実感させられる。
幸せそうに微笑む二人に胸が痛んだ。

どうしてこんな式に来ちゃったのかな。
そんな思いとともにため息が零れた。

お色直しに新郎新婦が退場をした後、私は席を立った。
化粧室に行って、気持ちを落ち着かせてくるつもりだった。
知っている人に会いたくなかったから、披露宴会場から少し離れた場所に向かう。
そんな時、あの人の背中を見つけた。
衣装を変えた彼は花嫁の仕度を待つように、窓辺に佇んでいた。
「・・・あっ」
思わず、彼の背中に声を発する。
私の驚いたような声に彼は振り向いた。
「・・・マヤ・・・」
彼も私に驚いたようだ。
「・・・あの、ご結婚おめでとうございます。今日はお招き下さってありがとうございます」
そこまで一気に言うと、ペコリとお辞儀をした。
彼はそんな私の姿にクスリと笑った。
「ありがとう。君も中々挨拶が上手になったじゃないか」
皮肉をこめたような昔からの彼の言い回しに、私も思わず笑みが零れた。
「紫織さんの仕度を待っているんですか?」
「あぁ。すぐそこが美容室なんだ。君は?」
「私は、化粧直しに・・・向こうのお手洗い混んでたから」
言い訳でもするように最後の言葉を口にした。
「・・・化粧直しか・・・」
意外そうに彼が口にする。
「なるほど。どうりで今日は少し色っぽい」
私の顔をじっと見つめ彼が言う。その視線に顔が熱くなる。
「君が中学生の頃から知ってるからな。俺には素顔の君の方が馴染みがあるよ」
昔を思い出すように彼は目を細める。
「今じゃ、立派な女優だ。この間の紅天女を観て、君が遠くに行ってしまったような寂しさを感じたよ」
「・・・速水さん・・・」
哀しげな、優しい視線で彼は私を更に見つめる。
このままずっと、こうして速水さんと一緒にいたい。
時間が止まってしまえばいいのに・・・。
「・・・どうして、今日、私を式に呼んだんですか?ハッキリと諦めさせる為ですか?
速水さん・・・時々今みたいに優しいから、私、辛いです」
紅天女の試演が終わった後、私の気持ちは伝えた。そして、数日後結婚式の招待状が届いた。
涙が零れそうになる。ずっと、我慢していた。
「・・・マヤ・・・」
彼の手が私の頬に触れる。
温かい大きな手・・・。
「・・・一層の事、このまま君と・・・」
そこまで彼が口にすると、彼に声がかかる。
どうやら花嫁の仕度が終わったようだ。
この時、彼が何を言いかけたのか、私にはわからなかった。
そして、聞く機会もなく彼は次の日、紫織さんと新婚旅行に旅立った。





「もう、新婚旅行から戻ったんですか?」
期間は二ヶ月と聞いていた。豪華客船で回る世界一周の旅だと。
場所はマンションのエントランスから私の部屋に移っていた。
「・・・忘れ物をしたんだ」
ソファに座り、私の淹れたコーヒーを口にすると、目の前に座る私を彼は見た。
「忘れ物?」
不思議そうな私の視線に彼は少し困ったような顔をした。
「あぁ。しかし、何だったか思い出せない・・・。気がついたら君のマンションの前にいた」
今日の彼はいつもと少し何かが違う気がした。
「・・・多分、君に関係のある事だと思うんだが・・・」
彼はさらに困惑した表情を浮かべる。
「あの、紫織さんは大丈夫なんですか?」
当然の疑問を口にする。
「・・・あぁ。多分」
曖昧に答え、彼はコーヒーカップを見つめた。
それ以上は聞かない方がいいと思ったし、聞きたくなかった。
時計を見ると、午前一時を指していた。今日は映画の撮影で帰りが遅くなった。
明日も朝から撮影がある。そろそろ寝たい頃だが・・・彼は帰る様子もない。
「あの、速水さん、今夜はご自宅に戻るんですか?」
しびれを切らしたように言う。
あんなに逢いたかった彼だが、これ以上一緒にいると馬鹿な事をしそうで怖かった。
「・・・自宅・・・。そうだな・・・」
考えるように彼が呟く。
「いや、家には帰れない。今俺がここにいる事を知られるのは都合が悪い。どうするかな・・・」
助けを求めるように彼が再び私を見る。
彼がどんな不味い事情を抱えているのか想像するのは易しかった。
「・・・寝る場所は今座っているソファになるけど、いいですか?」


結局、彼は私の部屋に泊まる事になった。
彼はリビングで、私は自分の寝室でその日は眠りについた。
彼が結婚していなければ、この状況に少しは喜べたはずなのに、今は胸が痛い。
ドアの向こうには彼が寝ている。
なんて切ないんだろう・・・。
冷たく彼を突き放す事もできたのに、やっぱりできなかった。
中々寝付けず、何度もベットの中で寝返りをうつ。
気づくと、もう起きる時間になっていた。
ベットから起き上がり、鏡の前で自分の顔を確認した。
目の下には薄っすらとクマが浮かぶ。
「・・・酷い顔・・・」
きっと、彼に笑われる。
そう思い、身なりを整えると、思い切ってドアを開けた。
「・・・速・水・・さん・・・?」
ソファを見ると、私が差し出した掛け布団が綺麗に畳まれて置いてあったが、彼の姿がない。
キッチン、バスルーム、トイレ・・・と部屋中を見渡したがいない。
「帰っちゃったのかな・・・」
何だか急に力が抜けた。
玄関に行くと、彼の靴はなかった。
「もう。一言言ってくれてもいいのに・・・」
どこかに彼のメモがないか探したが、何もなかった。
昨夜彼がこの部屋にいたのが夢の事のように思えた。
「・・・速水さん・・・」
寂しさがこみ上げてくる。朝からこんな気分になるなんて・・・。
「・・・速水さんの・・・バカ・・・」
ソファに座りこみ、彼が使った枕を抱きしめた。
やっぱりまだ、彼の事が好きだった。





「お帰り」
仕事から戻ると、彼がいた。
「・・・速水さん・・・どうして・・・ここに?」
部屋の鍵は閉めて出かけたはずだ。
「どうしてって、言っただろう。忘れ物があるって。思い出すまで俺にはどこにも行く所がないんだ」
当然のように彼は私に言った。
「あの、でも今朝はいなかったじゃないですか。それに私、鍵閉めて出かけたのにどうやって・・・」
そう言うと彼はニヤリとし、合鍵を見せた。
「玄関に鍵がもう一本置いてあったから拝借したよ」
彼の図々しさが可笑しくて、思わず笑った。
「・・・さぁ、夕食にしよう。君が帰って来るのをずっと待ってたんだ」
彼は私の腕を掴むと、部屋の中に招き入れた。
リビングのテーブルの上には夕食が用意されていた。
「・・・これ、どうしたんですか?」
思いがけない事に彼を見る。
「もちろん。作ったんだ」
彼は得意気な顔をした。
「速水さんが・・・料理・・・?」
意外そうな私に彼は笑った。
「こう見えて、料理は俺の趣味の一つなんだ。さぁ、料理を温めるから、君は早く手を洗っておいで」
彼に促され、私は手を洗い、着替えを済ませた。
一番可愛く見える部屋着を選んだつもりだ。
今日、彼が作ってくれたのはハンバーグだった。デミグラスソースの味がとてもよく合う。
「お味の方はどうかな。お姫様」
「美味しい!私が作るよりも全然いい味です」
私の言葉に彼は満足気に微笑む。
「そうか。良かった」
本当に彼の料理は美味しかった。
とても楽しい時間が流れる。食後はゆっくりとワインを飲んだ。
いつも以上にアルコールが進み、昨日からの疲れも加わって一層眠くなる。
気づくと彼の肩に寄りかかるようにして話していた。
とても安心できた。
彼の香りがとても心地よい。
「・・・ちびちゃん、寝ちゃったのか?」
彼の声がかかる。
「・・・う・・・ん」
眠気でそう答えるのが精一杯だった。
「・・・仕方ないな」
彼がそう言うと、体が浮いた。
「思ったより、軽いんだな。君は」
彼に抱き抱えられ、寝室に運ばれる。
ゆっくりとベットに寝かせられた。
彼はベットの淵に座り、私の髪を撫でた。
「・・・ねぇ。速水さん。どうしてこんなに優しいんですか」
まどろみの中問いかけるが、返事はなかった。
代わりにギュッと手を握られた気がした。その温もりは一晩中感じていた気がする。
夢か現かわからない中、私は幸せだった。


「・・・速水さん・・・?」
朝になり、ベットから起き上がると、彼の姿がない。
夢だったのかと思い、寝室のドアを開けた。
やはり彼はいなかった。急に不安になる。
彼の存在が夢のようにしか思えない。
「・・・私、また夢を見たのかな・・・」
今頃、きっと、彼は新婚旅行をしているはずだ。
冷静に考えると、彼が私の所に来る理由なんてある訳がない。
でも、昨夜は確かに彼の手料理を食べた。
味まで覚えている。
彼と飲んだワインだって・・・。そこまで考えるとワイン瓶を探した。
キッチンに行き、見渡してみる。
「あっ、あった」
空のワイン瓶が冷蔵後の側の床の上に置かれていた。
瓶を手にし、昨日飲んだ銘柄か確認しようとした時、部屋の電話が鳴る。
「・・・もしもし」
「マヤちゃん。私よ。水城よ」
いつになく焦ったような水城さんの声が聞こえてきた。
「今から話す事、落ち着いて聞いて欲しいんだけど・・・」
ただ事ではない雰囲気が電話から伝わる。
嫌な予感がする。
「・・・社長、いえ、真澄様と紫織様の乗った船が行方不明になったわ」
手にしていたワインの瓶が床に落ちる。

ガシャーーン!

大きな音とともに、ワイン瓶は砕けた。
受話器を持ったまま欠片を拾おうとした時、指に鈍い痛みが走る。

「まだお二人の安否は確認できていないわ」
その言葉と指先から流れる血が重なる。これが夢ではないとわかる痛みだった。

その日はどうやって過ごしたのか覚えていない。とにかく不安で、不安でいっぱいだった。
どうか、速水さんが無事でありますように・・・。そう神様に何度お願いしただろう。





「・・・どうした?そんな深刻な顔をして」
くたくたな思いで、やっと部屋に帰ると、また彼がいた。
「・・・速水さん・・・!!」
驚いて、私は彼の存在を確かめるように彼に抱きついた。
「良かった。無事だったんですね。良かった・・・」
彼の体温を感じる。彼の広い胸は確かに目の前にある。
「水城さんから、速水さんの乗った船が行方不明になったって聞いて・・・私、不安で、不安で・・・」
涙が止まらない。言葉が涙で曇る。
「・・・マヤ・・・」
彼の腕が私を抱きしめる。とてもきつく・・・。
彼は私が落ち着くまでずっと抱きしめてくれていた。
「大丈夫。俺はここにいる」
彼は私の瞳をじっと見つめ、安心させるように言った。
「さぁ、ご飯にしよう」
泣き止むと、彼はいつもと変わらない様子で私の頭を撫でた。
船の事故について彼はそれ以上何も触れなかった。
疑問に思う事は沢山あったけど、何も聞けなかった。
気持ちを切り替え、明るく努めて食卓の席についた。
今日はカレーだった。
「ハンバーグといい、カレーといい、子供が好きそうなメニューですね」
「そう。君の為に選んだ」
皮肉めいた笑いを彼が浮かべる。
「・・・やっぱり・・・。速水さん、私の事まだ子供だと思ってるんだ」
私の言葉に彼は頷くようにクスリと笑った。
「君は俺よりも10歳以上年下だからな」
「・・・速水さん・・・。私、もう大人です。二十歳だって過ぎましたよ」
彼に軽く抗議するように言う。彼はそんな私を見て可笑しそうに笑った。
彼の笑い声に、私はますます膨れっ面を浮かべる。
それが更に彼の笑いを誘った。
「負けたよ。ちびちゃん。そんな顔されちゃ、かなわない」
お腹を抱え笑う彼に、私もつられるように笑った。
こんな他愛もない会話が楽しい。
今、目の前に彼がいる。それが紛れもない事実だ。
私は余計な心配をするのはやめた。

「それで、速水さん、何を忘れたか思い出したんですか?」
夕食の片付けが終わると、食後のコーヒーを飲みながら彼に聞いた。
「それが、さっぱり思い出せないんだよ」
彼は困ったようにコーヒーカップを見つめた。
「君と一緒にいれば何か思い出せる気がするんだが・・・」
「・・・そうですか。あの、だったら思い出せるまでここにいていいですから。
私は構いませんから」
私の提案に彼は笑顔を浮かべた。
「ありがとう。君の言葉に甘えさせてもらうよ」
それから、彼との奇妙な共同生活が始まった。
不思議と朝になると彼の姿はなかったが、私が帰宅するといつも温かい夕食とともに彼が迎えてくれた。
「・・・速水さん、私、明日休みなんです。だから、あの・・・」
映画の撮影も終わり、一ヶ月ぶりの休みがとれた。
「そうか。じゃあ、明日は一緒にどこか出かけてみるか」
私の言葉を繋げるように彼が言う。
「はい」
彼と出かけられる事が嬉しい。
「どこに行きたい?」
そう聞かれ、咄嗟に浮かんだのは「遊園地!」だった。
「やっぱり、子供だな」
彼はクスリと笑い、私の頭を撫でた。
その夜、彼は私が眠るまで、ベットの側にいてくれた。
そして、色々な話をした。
彼の優しい相づちが好きだ。私の髪を撫でる手も、彼の使う言葉も。
みんな、みんな好きだ。
気づくと、私は前よりも彼の事を好きになっていた。

朝、目覚めるとベットサイドの時計は午前11時を指していた。
明け方まで彼と話していたせいか、起きるのが遅くなったようだ。
「・・・速水・・さん・・・」
眠い目をこすりながら、リビングに行くが、彼の姿はない。
「あれ?またどこかに行っちゃったのかな・・・?」
今日は確か一緒に出掛ける約束をしたはず。
きっと、すぐに帰って来てくれるだろうと思い、私はのんびりと待つ事にした。
久しぶりの休日。昼間家で過ごすのは何て贅沢なんだろうと思う。
ソファに座って、何となくテレビをつけた。
その時、携帯が鳴る。
着信を見ると水城さんからだ。
「マヤちゃん、今、大丈夫?」
「はい。今日はお休みなんで、大丈夫です」
水城さんからは二週間前に電話があったきりだ。
「そう。じゃあ、今から会いたいんだけど・・・」
そう言われ、時計に目をやる。12時になったばかりだ。
まだ彼は戻らない。
「・・・えぇ。いいですよ」



待ち合わせのカフェには水城さんが先についていた。
「お待たせしました」
水城さんの表情は硬かった。
私は椅子に座ると、カプチーノを頼んだ。
「それで、お話と言うのは・・・」
よく見ると、とても疲れきったような顔を彼女はしていた。
「まだ、はっきりはしないんだけど・・・真澄様と紫織さんの乗った船が沈没したそうよ」
思いがけない言葉に胸がギュッとなる。
「えっ・・・」
この間の水城さんの電話を私は忘れようとしていた。
急に現実に戻されたような気分だ。
「それで、救難ボートに紫織さんは乗ったらしいんだけど、真澄様は・・・まだ安否不明なの」
安否不明・・・。その言葉に手が震える。
「現地の病院に紫織さんは入院しているわ。昨日、やっと意識を戻したらしいの」
何と言ったらいいのか、わからない。
「今から私は現地に行くつもりよ。真澄様の消息を探してくるわ。それで、あなたも一緒に来る?」
「・・・そんな。だって、速水さんは・・・」
“速水さんは今、私と一緒にいる”そう言葉を口にしようとしたが、
言ってはいけない事のような気がして、言えなかった。
「・・・いいです。私は。きっと行っても何もできませんから。何かわかったら教えて下さい」
そう言い、店を出ると私は急いでマンションに戻った。


「速水さん!!速水さん!!速水さん!!」
部屋のドアを開けると彼の名前を叫ぶ。
部屋中、狂ったように彼を探した。
「・・・どうした・・・?」
驚いたように彼が現れる。
「・・・速水さん!!」
「・・・マヤ・・・?」
何も言わない私に彼は不思議そうな表情を浮かべた。
「・・・何でもないんです・・・。行きましょう。今から遊園地に」



遊園地に着くと、もう日は暮れていた。
平日の遊園地は閑散としていて、少し寂しい気がした。
「あれに乗りたいです」
そう言い、私は観覧車を指した。
彼はクスリと笑い、「いいよ」と言ってくれた。
自然と彼と私の手は繋がれていた。まるで、恋人のように。
観覧車はゆっくりと高度を上げた。
「わ〜!綺麗」
街の明かりがとても良く見えた。
「君は本当にいい顔をするな」
彼の瞳が優しく私を捉える。
「・・・それは速水さんが一緒だからです。言ったでしょ。私、速水さんが好き・・・」
自然と“好き”が口から零れた。
「速水さんが結婚していても、やっぱり好きなんです」
気持ちが止まらない。
「・・・マヤ・・・俺も・・・」
そう言いかけ、彼は沈黙した。
「ここで、君に好きだと言えたら、どんなに楽なんだろう」
彼は苦笑を浮かべる。
「えっ」
彼の言葉に呼吸が止まる。
「・・・そうか。わかった・・・俺がここにいる理由」
彼は何かを納得したように続けた。
「君だ。君に自分の気持ちを伝えたかったんだ」
真っ直ぐな瞳で彼が私を見つめる。
「船が沈む時、君に逢いたいと強く思った。今度君に逢えたら自分の気持ちを伝えようと・・・」
観覧車は頂上を過ぎた。
「・・・速水さん・・・」
彼の影が少し薄くなった気がした。
「マヤ、君を愛してる。ずっと、ずっと君だけを見てきた」
彼の腕が強く私を引き寄せる。
「君にばかり辛い思いをさせてすまない。俺はおそらく、もうこの世にはいない人間だ」
彼の言葉に胸が熱くなる。
「最後まで、勝手ですまない・・・」
彼の目から涙が流れる。
「君と一緒に生きたかった・・・」
さっきから涙が止まらない。彼の瞳からも、私の瞳からも。
「・・・マヤ、愛してる・・・」
唇と唇が重なる。何度も。何度も。互いの気持ちを伝え合うように。
私は瞳を閉じた。彼を沢山感じていたかった。
彼の声、彼の匂い、彼の温かさ・・・全てを忘れたくなかった。

そして、観覧車は一番下へと着いた。

目を開けると、もう彼の姿はない。
「速水さん・・・」
一生分の涙が瞳に溢れていた。



それから、数日後、水城さんから連絡があった。
もう、涙は流れなかった。
彼に愛されているという事がわかったから。
同じ想いであった事がわかったから。
彼と過ごした二週間は私のかけがえのない思い出となった。


         

                                           終わり




【後書き】
どうも。お久しぶりです。随分と後味の悪いものを書いてしまってすみません。
気づいた方もいるかと思いますが、某小説を基に今回の話を書きました。
最後に速水さん復活させようかとも思ったんですが、怪談話が書きたかったんでやめました(笑)
ここまで、お付き合い下さって、本当にありがとうございました。
次回は明るい物が書きたいと思います(←次回があるのか疑問)

Cat

2006.5.17.











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