彼と彼女の24時間-1-

「これはすぐに開錠できるような鍵ではないです」
『鍵の100当番』とロゴ入りの青いジャケットを着た黒ぶちメガネの男が言う。
「鎖も特殊加工をしているもので、簡単には切断できないでしょう」
男の淡々とした口調に速水とマヤはほとんど同時に「えっ」と声を漏らす。
「今できる一番の得策は、鍵の開錠時間まで待つ事だと思います」
眉一つ動かさない涼しげな顔を男がする。
「それは困る。この状態で24時間なんて過ごせる訳ないだろう」
苛立ちをぶつけるように手錠のかかっている左手でバンと速水がテーブルを叩く。
ここは撮影所内にある応接室だ。
白い壁に囲まれ、革のソファが四つと大理石調のテーブルが一つあるだけのシンプルな空間になっている。
「私だって困ります。こんな状態が明日まで続くなんて、トイレとかどうすればいいんですか」
バニーガール姿のマヤの言葉に鍵屋は手錠の間の鎖の長さを見る。
「1m50センチあります。これぐらいあれば一人がトイレに入り、もう一人は扉の外で待てるでしょう。
音を聞かれるのが嫌なら耳栓でもしたらどうですか」
無神経な鍵屋の言葉にマヤは「えっ」と眉を潜める。
「そんな・・・」
今にも泣きそうな顔をマヤがする。
「本当にどうにかならないのか?」
速水は正面に座る鍵屋を鋭く見る。
「ならないです。この鍵を開錠するには特殊な道具が必要です。
その道具を取り寄せるのに一日かかります。どうしても今すぐ手錠を外したいのなら、
手首を切り落とすしかないです」
鍵屋の言葉に速水とマヤは眉を潜める。
「何てこと言うんだ。君は!」
速水が声を荒げ、さっきよりも強く左手でテーブルを叩く。
「もういい!君には何もできないという事がわかった。帰りたまえ!」
速水の言葉に鍵屋は無表情なまま立ち上がり、応接室を出て行く。
「全く何て男だ」
怒りをぶつけるように速水は上着の内ポケットから乱雑に取り出した煙草に火をつける。
「申し訳ございませんでした。腕のいい鍵屋と聞いたのですが、人間的に問題があったようです」
水城が速水の前に立つと深く頭を下げる。
「別に君が悪い訳ではない。礼儀知らずの鍵屋にあたったのはついていないだけだ」
フーっと紫煙を吐くと、速水はそれを目の前のガラスの灰皿に押しつける。
「ごめんなさい。私がいけないんです。私が速水さんに手品なんてしなければ」
速水の隣に座るマヤが頭を下げる。
「それを言ったら君をけしかけた俺にも責任がある。頭を上げなさい」
顔を上げたマヤは不安そうに眉をハの字にしていた。彼女のそんな顔を見て、
速水は胸の奥がギュッと掴まれた気がした。
「そんな不安そうな顔するな。この状態が何も一生続く訳じゃない。
明日の午後1時になれば、手錠は外れるんだから、それまでの我慢だ。さぁ、水城君、仕事に戻るぞ。
次はどこを視察するんだ?」
ソファから速水が立ち上がる。
「次はオープンセットになります」
「そうか。では、行くか」
速水は一歩歩くと思い出したようにマヤの方を向く。
「君には付き合ってもらう事なるがいいかね?」
速水がマヤの黒い瞳を覗き込むと、躊躇いの色が浮かんでいるように見えた。
考えるようにマヤは速水から視線を逸らし、左手首にかかる手錠を見つめる。
「……仕方ないですね」
ため息とともにマヤは再び速水を見る。
その瞳が迷子になった子犬ように自信がなく見えて、速水は思わず彼女の右手を握る。
「そんな顔するな。君が悪い訳じゃない。俺たちが不運だっただけだ」
速水が口の端を上げると、マヤは不思議なものでも見るように彼を見た。
「さぁ、行くぞ。ちびちゃんと違って俺は忙しいんだ」
照れくささを隠すようにワザと速水が悪態をつく。
「酷い。私にだって用事とかあります」
マヤが浮かべた膨れ面に速水がバカにしたような笑いを浮かべる。
「君は本当に愉快だな」
「それどういう意味ですか?」
きりっと眉毛を吊り上げマヤが速水を見る。
「言葉通りの意味だ」
くっくっくっと笑みを零しながら速水が答え、マヤは益々不機嫌な顔を浮かべる。
「社長。もう30分も時間が押しています」
二人のやり取りを呆れた心地で見ていた水城が咳払いとともに口にする。
「あぁ。わかった。では、行こうか」






 オープンセットのコーナーに行くと時代劇のセットが組まれていた。
江戸の町並みの中を水城に連れられて速水とマヤが歩く。二人の間には一メートルぐらいの距離があった。
通り過ぎるお侍や町人たちが、二人の間で揺れている銀色の鎖を不思議そうに見つめる。
気まずい視線を浴びながら速水はもう少しマヤと近づいて歩けば目立たないのではないかと思うが、
さっきの軽口をまだ根に持っているようで、マヤは彼に対してはしかめっ面を浮かべたままだ。
何か話しかける切っ掛けはないかと、考えていると突然手錠に繋がれた右手首が引っ張られた。
「痛っ!」
振り向くとマヤが派手に転び、尻餅をついていた。
「大丈夫か?」
速水がマヤの方に駆け寄る。
「はい、何とか」
マヤを助け起こそうと速水が彼女の手を掴もうとした時、視界に黒いレオタードから出るマヤの太ももとその間が
ハッキリと入り彼の男性的な部分が反応しそうになる。
「速水さん?」
固まったように動かなくなった彼にマヤは怪訝な表情を浮かべる。
「あっ、いや。何でもない。ほら、捕まりなさい」
大急ぎで自分の中から出てきたとんでもない欲望をしまいこむと、速水はマヤに手を出す。
マヤは速水の大きな右手を掴み、立ち上がる。
「相変わらずドジだな」
速水が目の前に立つマヤに呟く。
「だって、ハイヒールなんて普段履かないから。バランス取るの難しんですよ」
キッと大きな黒目でマヤは速水を睨みつける。
「あっ、破れちゃった。衣装さんに怒られるかな」
転んだ拍子に黒い編みタイツの膝部分が大きく破けていた。その姿が何だか艶かしくて、
速水はまた考えてはならない事を無意識に考えている自分にギョッとした。
「君、いつまでそんな格好しているんだ」
速水は動揺を隠すように仏頂面を作る。
「私だって早くバニーガールの衣装なんて脱ぎたいです。でも、どうやって着替えればいいんですか。
私の左手と速水さんの右手は繋がったままなんですよ」
マヤに言われ、うーんと速水が唸る。
「脱ぐことが出来ても服を着る事はできません」
「まぁ、確かに難しそうだが・・・しかし、その格好は目立つ」
特に速水にとっては目の毒だ。と、言いたかったが辛うじてその言葉を飲み込む。
「どうかなさいましたか?」
商店が並ぶ大店の通りで立ち止まる二人の所に水城が戻って来る。
「いや、彼女が転んで、タイツを破ってしまったのだ。水城君、何か着替えになるものはないかね?」
速水は慎重に言葉を選ぶ。優秀な秘書に彼の動揺を気づかれたくはなかったのだ。
「確かにこれは目立つはね。わかりました。今聞いてみます」
水城は鞄から携帯電話を出すとどこかに掛け、ニ、三言葉を交わすと切った。
「その状態でも着られそうなものを手配しましたので、視察が終わったら行ってみましょう」
水城は速水とマヤの間にある手錠に視線を向ける。
「そうか。ありがとう。じゃあ、行くか」
隣のマヤが微かに震えている事に速水は気づく。
「ちびちゃん、どうした?」
「速水さん・・・」
マヤが彼を見上げる。その瞳には薄っすらと涙が浮かぶ。
その涙を見た瞬間、カァーと胸が熱くなるのを速水は感じた。
「・・・どうした?」
「私、私・・・」
速水の心に訴えかけるようにマヤはじっと彼を見る。
「・・・限界です。トイレ行かせて下さい」
苦しそうにマヤが告げた言葉に速水と水城は顔を見合わせる。
「あぁ、わかった。水城君、トイレだ」
「トイレはえーと、確か、こちらの奥の方に女子トイレが・・・、でも、どうしましょう」
水城が困ったように速水を見る。彼女が言いたい事はすぐにわかる。
「今はそんな事言っている場合ではない。さぁ、ちびちゃん、行くぞ」
速水はマヤの手を掴むと走り出す。
大店通りを抜けて、長屋のある長屋門をくぐった先に女子トイレがあった。
速水は一瞬、女子トイレの入り口で入る事を迷うが冷や汗をかき、青い顔をしているマヤを見ると、
そんな場合ではないと中に入る。幸い誰もいない。
「さぁ、ちびちゃん、着いたぞ。俺は扉の外にいるから。
ほら、耳栓もさっき水城君が用意したのがあるから、安心して行って来い」
速水はマヤの目の前で両耳に耳栓を入れた。それを確認するとマヤはトイレの個室に入り扉を閉める。
速水はふーっとため息を零し、どうか誰も入って来ませんようにと祈り続けた。
それから一分後、マヤがトイレから出て来る。
さっきとは別人の用にさっぱりとした顔をしていた。
「お騒がせしました」
洗面化粧台の前で俯きながらマヤは手を洗い、小さく口にする。
彼は耳栓をしていたので何を言われたかわからない。
「うん?何だ?」
耳栓を外し、速水がマヤを見た時、キャーッと悲鳴が入り口の方でした。
二人は驚いてその方向を見ると、着物姿の三人の女性がトイレに入って来た所だった。
「ちびちゃん、行くぞ」
慌てて速水はマヤの手を取って走り出す。
トイレから五十メートルぐら離れると、速水とマヤは立ち止まった。
「・・・びっくりした」
二人同時に同じ言葉を口にし、思わずお互いの顔を見る。
ぷっとマヤが笑い出す。
「速水さんでも慌てるんですね」
「当たり前だ。あんな状況二度とごめんだ」
しかし、そんな訳にもいかないと、すぐに思い、速水は深いため息をついた。
「どこか二人だけで過ごせる場所があるといいが。あぁ、そうか。ホテルの部屋とかにいればいいのか」
思いついたまま口にした言葉に速水は一瞬いかがわしい想像をし、頭を振る。
「どうしたんですか?速水さん」
あまりにも勢いよく彼が頭を振ったので、マヤは眉を上げて驚く。
「いや、何でもない。水城君の所に戻ろう」
速水は声のトーンを落とすと、感情を押し込めた。




「こちらがご注文の衣装になります。着替えは私が手伝います」
撮影所内にある衣装部と看板が出た部屋に行くと、30代ぐらいの金髪の女性が出て来る。
彼女が主任スタイリストである事を水城から紹介された。
「お世話になります」
マヤが頭を下げる。
「えーっと、着替えはこのカーテンで仕切った奥の更衣室でお願いします。あっ、社長も一緒にお願いします」
「えっ、俺も入るのか!」
スタイリストの言葉に速水は目を丸くする。
彼女が指したピンク色のカーテンに動悸がやや早くなる。
「手錠で綱がれた社長の右手だけお借りしたいんですけど、そうも行きませんから」
スタイリストが苦笑を浮かべる。
「水城君、アイマスクとかないかね」
助け求めるように速水は後ろに立つ水城を見る。
「アイマスクですか・・・どうでしょう」
水城がスタイリストの方を見る。
「あっ、はい。ご用意できますよ。お待ち下さい」
スタイリストが室内の色とりどりの衣装が掛けられている所に小走りでかけて行く。
速水が様子を伺うように隣に立つマヤを見ると、彼女も同じように速水に視線を向けていた。
正面から二人の視線が合い、次の瞬間、マヤの顔から湯気が出る。これ以上ない程彼女の顔は赤面する。
その狼狽ぶりが彼にとっては思いがけず、可愛く見えた。
「全く災難だな。よりによってちびちゃんの着替えを見なきゃならないなんて」
少しでも彼女の気を楽にできたらと思い、そんな事を速水は口にした。
「あぁ。つまらない。これがグラビアアイドルとかだったら、少しは楽しみもあるがな」
マヤが速水の言葉を受けてキッと彼を睨む。計算通りの反応に思わず笑いそうになるが、
速水は努めて不機嫌そうな顔を浮かべた。
「どうせ色気のないバニーガールです!面倒につき合わせてどうもすみません!」
マヤの鋭い声が響く。
「あぁ、全く面倒だ。こんなつまらない事に付き合わされる身にもなってもらいたいな」
速水が言い返すと、マヤは今にも殴りかかってきそうな勢いで彼を見上げる。
二人は正面からにらみ合う。
「私だって、好き好んであなたといるんじゃありません!言っておきますけど、
私、あなたの事大嫌いなんですから!」
腰に手をあて、威勢よくいつものセリフをマヤが口にする。
‘大嫌い’の一言に速水はチクリと胸が痛み、険しい顔をする。
「こっちだって、好き好んでちびちゃんといる訳じゃない!全くいい迷惑だ!」
彼にしては珍しく感情的に言葉を吐き出す。二人の間の空気が一気に冷たくなる。
「それはこっちのセリフです!いつも速水さんには迷惑してるんだから!」
マヤの怒鳴り声が響いた所でスタイリストが戻って来る。
「お待たせしました。随分とにぎやかでしたけど、どうかしましたか?」
スタイリストの言葉を合図に二人は視線を外した。
「いや、別にどうもしない。さっさと用事を済ませてもらおうか」
速水はスタイリストから黒いアイマスクを受け取る。
「では、靴を脱いでカーテンの中にどうぞ」
スタイリストが目の前のピンク色のカーテンを開け、速水とマヤを見る。
言われた通り、二人は無言のまま靴を脱ぎ、小上がりを上がる。
そこは十畳程の広さがあり、まだ青い畳が敷かれていた。
二人が中に入るとスタイリストが水城に会釈をしてからカーテンを閉める。
水城は近くのソファに腰かけるとフーッとため息を落とし、壁時計を見つめた。
午後4時15分を指している。
二人が手錠に繋がれてから3時間15分が経っていた。
手錠が外れるのは20時間45分後であった。二人にとって長いのか短いのか・・・。
水城はそんな事を考え、赤いルージュが塗られた口元を緩める。
「少しは素直におなりになさいませ。真澄様」
水城はクスリと笑った。



                                                       つづく




 
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2012.10.28 up
Cat


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