彼と彼女の24時間-2-



  午後5時丁度に撮影所内にある試写室で映画の試写があった。
大都芸能が今力を入れて売り出しているグラビア出身の女優桐島りんご主演のものだ。
 バニーガールからピンク色のAラインのワンピースに着替えたマヤと共に速水は試写室の前に来た。
既に関係者が集まり、人々の話し声が聞こえる。
「速水社長!」
試写室の厚いドアを開けると、彼を待っていたかのように女の声がする。
「やぁ、桐島君」
速水は立ち止まり、女の方を見た。
両肩の出た赤いドレスを彼女は着ている。主演女優の桐島りんごだ。
「お忙しい中、試写に来て頂きありがとうございます」
礼儀正しそうに桐島が頭を下げる。
「うちの看板女優の映画、社長の俺が観ない訳にはいかないからね。
楽しみにしているよ」
速水が愛想のいい笑顔を浮かべる。隣に立つマヤはそんな速水を見て、
何か胸がチクリと痛むのを感じた。
「そちらは?」
桐島が所在なさそうに佇むマヤに視線を落とす。
「あぁ、彼女はちょっとした知り合いだ」
速水の言葉にマヤは硬い表情を浮かべる。
「北島マヤです」
それだけ言うとマヤは俯く。
その後、速水はマヤの存在なんて忘れたように桐島と上機嫌に話していた。
その時間がほんの2、3分に過ぎなかったが、マヤにとっては針のむしろに座る心地だ。
「マヤちゃん、大丈夫?」
座席に着くと、隣に座る水城が心配するように声を掛ける。
「えっ、あっ、大丈夫です」
マヤは曖昧な笑みを浮かべる。
「そう?何だか顔色が悪いから・・・疲れたのかしら?」
「いえ、そういう訳では」
マヤはちらりと左隣に座る速水の方に視線を向けるが、彼はその更に隣に座る映画関係者と
マヤの存在を忘れたように何か談笑をしていた。
「マヤちゃん、何かあったら言ってね。できるだけの事はするから」
水城がそっとマヤの肩に触れる。
「あっ、はい。すみません」
マヤがそう口にした所で、試写室の照明が落とされる。
目の前のスクリーンが写り、大音量の音楽が流れ始める。
マヤはすぐに映画館にいるようなわくわくした気持ちになり、速水の事を忘れた。
映画はファンタジー小説を原作にしたもので、真実の愛を探し求める女勇者の話だった。

「ちびちゃん、ちびちゃん・・・マヤ!」

突然大きな声がしてマヤはハッとする。
「やっと戻って来たか。全く君はすぐに入り込むから困る」
左隣に座る速水がため息をつく。
目の前のスクリーンを見るといつの間にか消えていた。
百人ぐらいいた関係者たちもいない。
「それがマヤちゃんのいい所でもありますけどね」
右隣に座る水城がクスリと笑う。
「あの、映画は?」
マヤは速水を見る。
「一時間前に終わったよ。もうすぐで午後8時になる」
速水は腕時計に視線を落とした。
「それから、言いにくいのだけど、そろそろ俺もトイレに行きたい」
「あっ、はい」
マヤは慌てて立ち上がる。
試写室の隣に男女共用のトイレがあり、速水はそこに入った。
マヤはドアの外で耳栓をして待つ。
ドアの向こうにいる速水を思うと何だか顔が熱くなる。動悸が早くなる。
「何考えているのよ」
思わず大きな独り言が口から出る。
そのタイミングで速水がトイレから出て来て目が正面から合ってしまう。マヤはカァーッと耳まで熱くなる。
速水は怪訝そうにマヤを見て、何か言うが耳栓をしているのでわからない。
速水はフーッと大きくため息をつくと、マヤの両耳から耳栓を外す。
彼の両手が耳たぶに触れ、更にマヤはどうしていいかわからない気持ちになり、
困ったように速水を見上げると、彼が口開く。
「君もトイレ今のうちに行ったらどうだ?」
速水の言葉に恥ずかしさがこみ上げ、マヤはプッと膨れる。
「結構です!」
苛立ちをぶつけるようにマヤは速水に怒鳴ると、水城がいる方へと歩き出す。
「何で怒るんだ?」
速水は訳がわからないというように呟き捨てた。





「今夜はこちらでお休み下さい」
映画の撮影所から連れて来られたのは大都芸能ではなく、新宿にあるシティホテルだ。
「水城君、これはどういう事だ?」
速水は眉を潜め、後部座席から助手席に座る水城の方を見る。
「今夜のお仕事は全てキャンセルしておきました。手錠に繋がれたままの社長のお姿を社員に晒す訳には行きませんから」
水城は首を後部座席の方に向ける。
「もちろん会長にも見せられない姿だと思いましたので、ご自宅ではなくこちらを用意致しました」
水城の言葉に速水はまいったなと小さく呟き、その隣に座るマヤは不安そうに速水の横顔を見上げていた。
「いらっしゃいませ」
車がホテルの正面に着くと後部座席のドアが開きドアマンが愛想の良い笑みを浮かべる。
降りない訳には行かず、速水は外に出た。
「あぁ。世話になる」
ドアマンに一言声を掛ける。速水に従うようにマヤも車から降りた。
「手錠が外れる午後一時頃お迎えにあがります。それまでのお仕事はこちらで何とか手配致しますので、
安心して下さい」
助手席のパワーウィンドウを下ろすと、水城は早口にそれだけを伝え、車とともに走り去った。
「さぁ、こちらへどうぞ」
妙に明るいドアマンに連れられ速水とマヤはホテルの入り口を通り抜ける。
「わぁ」
マヤは天井の高い玄関ホールに輝くシャンデリアに目を奪われる。
大理石のクリーム色の床が続き、ラウンジにはゆったりとしたソファセットが五組程置かれていた。
行き交う人々は上品なスーツを纏ったビジネスマン風の男性や女性が多かった。
随分と場違いな場所に来てしまったと、マヤはため息をついた。
「歩くぞ」
速水はいつもの仏頂面のままマヤに言うと歩き出す。
彼が向かったのは正面に見えるフロントだ。
「いらっしゃいませ」
フロントスタッフが品の良い笑顔とともに出迎える。
「大都芸能の速水だ」
速水が一言そう言うと、フロントスタッフが手際よくパソコンを動かし始める。
「速水様、いつもご利用ありがとうございます。いつもの40階のスイートルームがご用意できました。
こちらにご署名をお願いします」
速水はカウンターの上に出された書類にサインをしようと右手でペンを持とうとした所で、手を引っ込め、
何事もなかったように左手でペンを持ちサインをする。
マヤはその姿を横目でチラリと見た。
「特に運んでもらう荷物はないし、案内もいらない。鍵をくれ」
忌々しくサインをすると、速水はフロントスタッフを見る。
スタッフは少し驚いたように速水を見て、それから隣に立つマヤを見る。
何かを察したようにフロントスタッフはカードキーを差し出した。
「では、ごゆっくりどうぞ」
差し出されたカードキーを左手で受け取ると、速水は歩き出す。
マヤはフロントスタッフから何か嫌な視線を受けた気がした。
「どうした?」
エレベーターに乗り込むと速水が口開く。
扉が閉まると二人きりの空間となった。
「えっ」
俯いたままのマヤは隣の速水を見上げる。
「顔色が本当に悪い」
いつの間にか仏頂面は崩れ、そこには優しい速水の瞳があった。
「いえ、何でもないんです」
マヤはなぜか泣きそうになる。
「何でもないって顔じゃないぞ」
心配するように一歩速水がマヤに近づく。
「だから、何でもないんです!ほっといて下さい!」
思わず荒げた声にマヤ自身が驚く。
「・・・ごめんなさい。ちょっと疲れたんです」
マヤは再び俯く。速水は何も言わなかった。






 二人が宿泊する部屋は最上階にあった。
速水がカードキーで両開きの部屋のドアを開けると、革張りのソファが並んだリビングルームが目に入る。
大型のテレビがあって、グランドピアノまで置かれていた。
そして壁一面の窓の外には新宿の夜景が広がる。都庁や高層ビルの灯りにマヤは目が眩みそうだった。
「こんな凄い部屋いつも泊まっているんですか?」
フロントスタッフが言った『いつもの』という言葉が急にマヤは気になった。
マヤの問いに速水はクスリと笑う。
「まさか。俺自身が泊まるのは今夜が初めてだよ。いつもは外国から来た大物俳優とか、歌手とかを
泊める為に使っているんだ」
マヤに答えると速水はソファに腰を下ろす。
「へぇ。そうなんですか」
気のない相槌を打ちながら、今夜どうしたらいいのかマヤは途方もない気持ちに襲われていた。
「さてと、少しはゆっくりするか」
速水がネクタイを緩めると、煙草に火をつけた。
マヤは窓の側に立ち光り輝く景色を見つめるが、それを楽しむ余裕なんてない。
部屋に着いてから息が止まりそうだ。
「何か食べるか?」
速水がマヤの方を見る。
「えっ」
マヤは肩をビクッとさせ、視線を速水に向ける。
次の瞬間、キュルルルル〜と、マヤのお腹が大きな音を奏でた。
「君はわかりやすいな」
速水が苦笑を浮かべる。
「よし、ルームサービスを取ろう。これじゃあ、レストランなんて行けないしな」
速水は手錠のかかった右手をあげる。
「メニューはここにあるぞ、そんな所にいないで、座ったらどうだ?」
窓際で顔を赤くしているマヤを可笑しそうに速水は見た。
「別に私がどこで何をしていようと速水さんには関係ないでしょ!」
速水にからかわれているとわかるから、つい言葉がきつくなる。
「今は関係がある。俺とちびちゃんはこうして繋がれてしまったからな」
ジャラリと手錠の鎖の音を速水は立てる。
マヤは速水の言葉を無視するように、速水との間に一人分の間を空けて、ソファに座り、
メニューを手にする。
ハンバーグ、カレー、ミートソース、ピザとマヤの食欲を刺激する単語が並ぶ。
「ラーメン食べたい」
メニューの中にあったラーメンの文字を思わず口にする。
ラーメンはマヤにとって幼い頃からの好物であり、母との思い出の料理だ。
速水が一瞬、顔を歪める。
「速水さん?」
マヤの言葉に速水がハッとしたようにいつもの仏頂面を作る。
「ラーメンとは君らしい選択だな」
彼のその一言に今でもマヤの母を死に追いやった責任を彼が感じている気がした。
「やっぱりハンバーグにしようかな」
慌ててマヤが撤回すると、速水は苦笑を落とした。
「別に食べたいもの食べればいいじゃないか。俺もラーメンにするよ」
そう言うと速水はソファから立ち上がり、近くの電話を手にする。
「ルームサービスをお願いします。ラーメン二つと、ワインにオレンジジュースで」
電話を置くと何事もなかったようにソファに座り、速水はテレビのリモコンを持ち、テレビをつけた。
バラエティ番組の妙に明るい笑い声が響く。
マヤはそっと速水の様子を伺うようにその横顔に視線を向ける。
形の良い鼻筋を見つけ、きっと速水は眼がねも似合うだろうなと、無意識に思う。
「何だ?」
マヤの視線に気づき、速水が隣の彼女を見る。
「えっ、いえ、その・・・何でも」
何て言ったらいいかわからず、マヤは俯く。
また二人きりでいる事に緊張して来た。
昼間は水城が側にいたし、他にも撮影所のスタッフが常にいたから気にはならなかったが、
今改めて速水とこの部屋で二人なのだと思う。
手のひらにじっとりと汗をかく。
「ぶっははははは」
突然速水が笑い出し、マヤはビクッとした。
「君は本当に見ていて飽きない」
「えっ」
「君の考えている事なんて、お見通しだって言うんだ」
速水が口の端を上げる。
「悪いが俺は君を一度も女性だと感じた事はない。だから、そんなに警戒するな。別にちびちゃんをとって食おうなんて
これっぽっちも思わないよ」
速水が親指と人差し指で形を作る。
「別に警戒なんてしていません!私だって11歳年上の速水さんの事なんか何とも思ってないんだから!
速水さんなんか、ただのおじさんなんだから!」
「・・・おじさん・・・」
マヤの言葉に速水は眉をしかめる。
「確かに君から見たらおじさんかもしれないが、俺はまだ二十代だ!」
ムキになったように速水が叫ぶ。
二人は顔を見合わせお互いを睨み、次の瞬間プッと笑い出した。
お腹を抱え、笑いが止まらない。
笑っているうちに硬くなっていた気持ちが解けていくのをマヤは感じる。
「君といると本当に退屈しないな」
一頻り笑い終えると、速水が口にする。
「それはこっちのセリフです」
マヤのセリフに速水が優しく笑う。その瞬間、胸がキュンと痛む。
「全くどうして速水さんと私が勘違いされるのかしら」
マヤはフロント係のイヤらしい視線を思い出した。
「勘違い?」
速水がマヤを見る。
「えっ、だから、その、多分私が速水さんの愛人か何かだと思ったんじゃないかなって・・・だってそういう目で
見られた気がしたから」
マヤの言葉に速水が眉を上げる。
「ほう。君もやっぱり気づいていたか。思ったより鈍感じゃないんだな」
「鈍感って、また人をバカにして」
「別にバカにした訳じゃない。君はそういう事に疎いと思っただけだ」
「これでももう高校は卒業したんです。そこまでお子様じゃありません!」
「十分俺には君は子供に見えるがな」
可笑しそうに再び速水が笑う。
「もう、速水さん、笑いすぎ!」
思わずマヤは右手で拳を作り速水に振り上げる。
速水はその拳を右手で掴む。
彼に触れた瞬間、体を突き抜けるような感情の波に襲われマヤは苦しくなる。
助けを求めるように彼を見つめると、彼の視線がマヤで止まる。
バラエティ番組の笑い声も聞こえなくなり、時間が止まったように全ての音がなくなる。
マヤは速水から視線を逸らせない。そして彼も・・・。
気づけば互いの距離は縮まり、吸い込まれるようにマヤと速水の顔が近づく。
速水に身を任せるようにマヤは目を閉じた。
次の瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴る。
その音に弾かれたように目を開けると、苦笑を浮かべる速水がいた。
「きっとルームサービスだ」
速水は何事もなかったようにソファから立ち上がる。
彼に引っ張られるようにマヤも立ち上がり、ドアの前に行く。
マヤの目の前に広い背中があった。その背中に触れたいと思った時、速水がマヤを振り向く。
突然抱きしめられた。
速水の力強い腕がマヤの華奢な背中に巻かれる。
煙草とコロンの混じった香りが彼女の鼻を掠める。
マヤを正面から射抜くように速水の瞳が注がれ、そして、二人は唇を重ねた。
午後9時丁度を知らせる柱時計のポーンという音が二人の耳に入っていた。











                                                       つづく



 
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2012.11.10 up
Cat


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