【前書き】

「美幸」を読んで頂きありがとうございます。この作品は昨年ラブスートーリー大賞に投稿した作品になります。

原稿は縦書きで書いたものを今回ホームページ用に横書きに直しました。
読みづらい箇所や誤字脱字等があると思いますが、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。


Cat
2013.1.13





―――  美  幸(みゆき)  ――― 


一章

1 出会い






 私は高二の時中退した。
ハッキリ言ってしまえば高校に馴染めなかった。ただ、それだけだ。
女手一つで私を育てているママは世界が終わったような顔をした。
「この学歴社会に中卒なんて、余程腕でもない限りまともな職には就けないわよ」
ダイニングテーブルを挟んだ正面に座るママは眼鏡の奥の瞳を尖らせた。
四十七歳のママは准教授という肩書きを持ち、大学で教えている。
「別にいいよ。ママみたいになろうとは思ってないから。
仕事だって高望みしなければいくらでもあるよ」
私は研究者のママの背中を見て育って来た。本に埋もれ、難しい顔でパソコンに向かっているママの姿は幼少の時のイメージだ。
いつも人にバカにされない生き方をしなさいと言われ続けた。
「あんた十七で何がわかるの!世の中そんなに甘くないの!
私がどんな思いで美和子を育てて来たかわかる?」
苛立ちをぶつけるようにママがテーブルをバンと叩く。
私は俯いたまま何も言わない。ママが深いため息をつく。
壁時計の秒針が進むカチカチという音が越してきたばかりの部屋を重苦しく包んでいた。
私はママに言うべき言葉が見つからない。確かに申し訳ないとは思う。
でも、馴染めないものは馴染めないのだ。毎日学校に行く苦痛に耐え切れなかった。
「わかったわ。じゃあ、大検取りなさい。それで大学に行きなさい。
そうすれば人並みの学歴は手に入るでしょう」
ママの言葉が胸に刺さる。
「何それ?学歴を手に入れる為に大学に行くの?そんなの変だよ」
ママの理屈が納得できない。大学ってママみたいにちゃんと目標とかある人が勉強をしに行く所だって思っていた。
いつもママは何か目的を持って勉強しなさいと言っていたのに学歴をもらう為に大学に行くなんて変だ。
「仕方ないでしょ。私の娘が中卒だなんて恥ずかしくて人に言えないわ。
とにかく大検を取りなさい。私の言う事が聞けないならこの家を出て行きなさい」
ママは威圧するように私を見る。私はママに従うしかなかった。










 大検とは私のように高校を卒業していない人が、高校卒業と同等の学力であると証明してもらう資格だ。主に大学進学や
専門学校に入る為に取得すると、ママから聞いた。
ママが私に用意したのは大検と大学受験の為の予備校だった。千葉駅西口から徒歩5分ぐらいの所にある。
私はどうしても行きたくなかった。
だから、ママに反発するように黒い髪を茶色く染めた。煙草も吸い始めた。
真っ赤なジャージの上下を着て初日は登校した。先生は絶対びびるはずだ。
 予備校が入っていたのは6階建てのビルで、3階から6階までが予備校になっている。
エレベーターに入ると、とりあえず受付け事務所となっている3階のボタンを押した。
扉を閉めようとした時、五、六人の人がドタバタと入って来る。全員見るからに怖そうだ。一人は赤い坊主頭、一人は金髪、
一人は派手なヒョウ柄のコートを着ていた。他の二人も同じような感じだ。
「俺、次こうちゃんの補習だ」
金髪が口にする。
「何?国語とか」
ヒョウ柄が聞く。
「いや、簿記だよ。全く授業についていけないからさ、こうちゃんに補習三時間入れておけって言われたんだ」
「簿記楽しいじゃん。こうちゃん教え方上手いし、俺好きだよ」
赤坊主が得意気な顔をする。
「あっ、着いた。じゃあな」
3階にエレベーターが着くと、金髪が降りる。その後に続くように私も降りた。
エレベーターホールに降りた瞬間、緊張感でいっぱいになる。
スカート丈の短い金髪の女子高生の集団、テレビドラマで見るキャバクラ嬢みたいな女性、
皮ジャンを着た中年のヤクザみたいな顔をした男がそのフロアにいた。
県内でトップクラスの進学校に通っていたので、
私はそういう人たちを間近に見た事がない。
茶髪に赤ジャージの私はすっかり霞んでいる。
「新入生かな」
立ち尽くしている私に、クリーム色のシンプルなスーツ姿の女性が話しかける。
普通の人に見えた。
「あっ、はい」
「もしかして、高木美和子さん?」
「はい」
優しく話しかけてくれるこの女性が段々天使のように見えてくる。
「北川先生のクラスになるわね。ほら、あそこに座っている人よ」
女性が指す方角にさっきの金髪が見えた。
「あの、金髪の人?」
まさかと思いながら聞いてみると、女性が笑う。
「違うわよ。金髪の子は学生よ。彼の影に隠れている紺色のスーツを着た人が北川先生よ」
そう言うと女性はエレベーターに乗って行ってしまった。チャイムが鳴る。
ガヤガヤとしていたフロアが静かになる。
いつの間にか事務所の周りにいた個性的な人たちはいなくなっていた。
 私は気持ちをかき集め、女性が教えてくれた人の所に歩く。
そこは学校の職員室みたいに机とパソコンが並んでいて、ほとんどの席が今は空席だった。
さっきいた金髪はもういなくて、机の前に座る紺色のスーツだけになった。
眼鏡を掛けている。髪は黒くて短い。年は二十代ぐらいに見え、真面目そうだ。
「あっ、高木さん?」
紺色のスーツが私に気づく。
「は、はい」
私は紺色のスーツの前で立ち止まった。
「高木さんの担任の北川です。どうぞ座って下さい」
北川が私の前に隣の席からオフィスチェアーを持って来る。
「もう教科書ってもらいましたか?」
私が椅子に座るのを見ると、北川が話し始める。
低めの落ち着いた声だ。
「はい」
大検は科目ごとに合格しなければならない。全部で十一科目合格して初めて大学受験の資格が与えられるが、
高校で単位の取れているものは免除されるので、私は三科目免除されていた。だから、受験する科目は
八科目になり、教科書は八冊ある。
「授業は午前9時から午後5時までになります。自分が受ける授業は時間割に書いてある教室に行って受けて下さい。
という訳で高木さんは……」
北川が手元に置かれたファイルを開く。
「まずは三限の国語からになるね。僕が担当です」
北川が微かに口元に笑みを浮かべる。
硬そうな印象がぐっと優しい感じになり、何だかほっとした。
「授業の最初に出席カードを配るので、名前と担任名を書いて下さい。
あっ、担任の方は苗字だけでいいからね。
僕は東西南北の北≠ノ水の流れる川≠ナ北川です。
ちゃんと出席は毎日つけているので、
僕に会わなくてもサボるとバレるからね」
意味深に北川が笑う。もしかしたら母に釘を刺されているのかもしれない。
何だかイラッとした。
「それから、授業の内容についていけない時は補習を取って下さい。
これが補習の時間割りになるんだけど」
北川が紙を見せる。
「先生の名前の所に受けたい科目と名前を書いて下さい。紙は隣の自習室に貼ってあります。空き時間などは
自習室を利用して下さい。という訳で僕は今中村君の補習が入っています」
北川の名前の午前十時からの時間に中村と書いてある。多分さっきの金髪だ。
「高木さんの質問がなければガイダンスは終わりにしようと思うのですが、何かありますか?」
私は一瞬考えるように宙を見る。
「特にないです」
「じゃあ、よろしく」
北川の言葉に私は曖昧な会釈をした。
鞄を持って立ち上がると自習室と書かれた部屋に行く。
大きな窓が一つあり、窓を左側にして机と椅子のセットが三十個ぐらい並んでいる。
さっきエレベーターホールで見かけた金髪女子高生たちだけがいた。
五人組みがちらりと私を見る。
「今日から入ったの?」
目の周りに厚いアイシャドウを塗りたぐった子が私に聞く。
「はい」
「名前は?」
「た、高木美和子」
緊張で喉がカラカラとしていた。私はこういう子たちと口を聞いた事がない。
「私はマユミだよ。こっちがキョウコで、ミク、ミサト、ケイコだよ」
順番に名前を紹介され、必死で一人一人の人相を覚えようとする。
みんな目の周りを強調した厚化粧で、白いYシャツに紺色のベスト、
膝上丈のチェックのプリーツスカートを履いていた。
「皆さん、同じ高校なんですか?」
思わずそう聞いていた。その瞬間、彼女たちの間から爆笑が起きる。
私はなんで笑われたかわからない。
「ちょーおかしー」
「みなさんだって、うわっ」
「へんなの」
「けいごだよ。けいご」
女子高生たちの言葉に凍りついたように私は動けなくなる。泣きそうだ。
「お嬢さん方、ここは自習室なのよ」
ドアが開き、クリーム色のスーツ姿の女性が入って来る。
私に北川を教えてくれた人だ。北川より少し年上のように見え、
スタイルのよい体にスーツがよく似合っている。
「あっ、柳田先生。はい。すみません」
急にみんなが静かになる。
「よろしい。淑女は公共のマナーが守れるのよ」
柳田先生がにっこりと微笑む。
「じゃあ、タバキュー行こうか」
先生の言葉に女子高生たちが立ち上がり、ぞろぞろと自習室を出て行った。
自習室は私だけになる。窓際の席にやっと落ち着くと、時間割を何となく広げた。
月曜日から金曜日までびっしりと科目が詰まっている。
しかし、私に勉強なんてする気はない。
時間割りをビリビリに破くと部屋の隅に置いてあるゴミ箱に捨てた。
「あっはははは」
突然どこからか笑い声が聞こえて来る。
その声を辿ってみると、窓の下だ。
一階のコンビニの周りにさっきの女子高生と、柳田先生の姿が見えた。
そして、全員煙草を吸っている。
「……ウソ」
先生と生徒が一緒になって煙草を吸っているなんてありえない。
私は自分の常識の通じない異世界に迷い込んだ気がした。















 「高木さん、見つけたよ!」
両腕を腰に当てた北川が私の目の前に立つ。今日は灰色のスーツを着ていた。
私はコンビニの前でいつものように真由美たち金髪女子高生グループと煙草を吸っている。
予備校に通って一ヶ月が経つ。私はまだ一度も授業には出ていない。
ママの手前家にいる事ができず、仕方なく赤ジャージを着てこの場所には来ていた。
「何だよ。北川」
煙草の煙をふうーっと北川に吐きかける。北川は授業に出ろと煩いのだ。
トイレの中まで追いかけて来る程だ。
「はい、これ時間割」
北川が時間割表を渡す。私はそれを受け取ると目の前でビリビリに破いてやった。
「おまえな。いい加減にしろよ」
北川が眼鏡の奥で睨むがいつもの事だ。少しも怖くない。
「うるさいな。ほっといってよ」
煙草を灰皿に捨てると、私は北川の前から歩き出した。
「四限は俺の国語だぞ、出ろよ」
北川の声が背中にかかるが私は無視して駅まで行く。昼が終われば帰るのだ。
ママももう家を出ている頃だ。
早く八月になればいい。大検が終わってしまえばこんな所に来る必要がなくなる。
「ちょっと、君。学校はどうした?」
駅の階段を上がって、改札を通る前に、警察官に話しかけられる。生まれて初めてだ。
見た目はヤンキーだけど、私の中身はそれからかけ離れている。
予備校にいる時は真由美たちがいたから、北川に対して少し強くなれた。
でも、一人になると弱い私しかいない。
「ちょっと所持品を調べさせてもらおうか」
何も言わない私に警察官が近づく。鞄の中には煙草が入っている。
当然未成年の私はそれが見つかった時、ただではすまない。
「さぁ、早く鞄を渡しなさい」
固まったように動けない私の手から警察官が鞄を奪う。
「これは何だ?」
煙草が出てくる。もう終わった。この後私はどんな処罰を受けるのだろうか。
「うちの生徒がどうかしましたか?」
俯いていると、声がした。顔を上げるといつの間にか私の隣に北川が立っている。
「この子の鞄から煙草が出て来たんですよ。まだ未成年だろう?」
警察官が北川を見る。
「あっ、これ僕のなんです。さっきふざけていて、彼女が僕の煙草を持って行ってしまったんです」
北川の言葉に私は顔を上げた。彼の表情は堂々としていて、少しも怯んでいない。
「そろそろ授業が始まるので、彼女を連れて行ってもいいですか?」
警察官が渋々私を解放した。
仕方がなく北川の後をついて歩く。
警察官が見えなくなると、北川が何事もなかったように笑う。
「かわいいな。高木さん。警察官にびびるようじゃ、まだまだだな」
北川の一言に私はムッとした。
「誰がびびったって?北川こそ余計な事するなよ」
私はぷいっとそっぽを向いた。北川が笑う。
本当は北川の顔を見た時、凄くホッとした。でも、そんな事は絶対口にはしない。
「今日こそ授業出ろよ」
北川がポン私の頭を叩く。
「いたいな」
本当は全く痛くない。
「ほら、これ」
北川が性懲りもなくまた時間割表を渡す。でも、私はそれを破らなかった。




 コンビニでおにぎりを買うと私は自主室に行く。
今日も昼ごはんを食べたら帰るつもりだ。
「美和子また授業サボったの?」
授業が終わると真由美たちが自主室に現れる。真由美は私の隣に座った。その隣に杏子、恵子、美久、美里が
円を描くように椅子を移動させて座る。今日も彼女たちは化粧が濃い。毎朝三十分かけてメイクをするらしい。
スッピンの私には考えられない手間だ。
「だって私、無理矢理ここに入れられたんだよ。絶対大検なんか受けない」
私は意地になっていた。
「美和子はやっぱりおじょうだね」
正面に座る杏子が口にする。
「別におじょうなんかじゃないよ。母子家庭だし」
「私も母子家庭だよ。でも美和子の所みたいに余裕がないから、学費の半分はアルバイトして自分で貯めたよ。
美和子見てるとイライラする。恵まれた環境に自分がいるのわかってないんだよ」
杏子の言葉が胸に突き刺さる。
「ちょっと、杏子止めな。みんなそれぞれ事情が違うんだからさ」
真由美が間に入ってくれる。私より二歳年上で、見かけは派手だけどこの中で一番優しい。
「私、帰るよ」
まだおにぎりを食べていなかったけど、この場の空気は居心地が悪い。
椅子から立ち上がると、鞄一つ持って自習室を出て行った。
職員室からエレベーターホールは丸見えだった。ちらりと見ると、北川の姿はない。
今がチャンスだ。私はサッとエレベーターホールの前に行き下りのボタンを押す。
「あっ、高木さん」
エレベーターが開くと、同じ北川組の坪寺がいた。
彼女は二十四歳で、北川と同じ年だ。何でも幼稚園が同じとかで幼馴染らしい。
「ちょっと今いいかな?」
坪寺がいつもの愛想笑いを浮かべる。私はこの小太りの女はあまり好きではないが、予備校に三年いて影のボスみたいに
なっているから逆らわない方がいいと真由美に忠告された。
「えっ、はぁ」
曖昧な返事をすると坪寺は私にエレベーターに乗るように指示をした。
連れて行かれたのは6階の教室で、昼休みに入った所なので誰もいなかった。
部屋には六十席分の机と椅子が並び、私と坪寺は窓際に立っている。
「高木さんは北川君の事どう思ってるの?」
いきなりの質問に私は眉を寄せる。
「えっ?」
「だから、好きなの?北川君に気にかけてもらいたくてわざと授業に出ないの?」
坪寺の言葉に私は笑いそうになった。まさかそんな解釈があったなんて夢にも思わない。
「違います。北川なんか好きな訳ないでしょ?あいつが勝手に追いかけて来るだけです」
北川は手が空いている時はいつも私を探し、無理矢理教室まで引っ張って行く。
顔を合わせるとすぐにケンカだ。だから恋愛感情のかけらもない。
「じゃあ、何であなた授業に出ないの?」
坪寺が厳しい顔をした。
土色の肌に真っ赤なルージュをつけた顔は迫力がある。
どう見ても北川と同じ年には見えない。
私は最初四十歳ぐらいかと思った。
「それは、大検を取りたくないから」
正直な理由を口にした。坪寺が顔をしかめる。
「だったら、予備校に来ないで。あんたみたいな中途半端な奴が遊びに来る所じゃないの。
北川君の側でうろちょろしていて目触りなのよ。わかったわね。明日から来るんじゃないわよ」
それだけ言うと坪寺は教室を出て行く。
「何それ」
段々坪寺に対して怒りがこみ上げて来る。
「別に好きで北川の側にいる訳じゃない!」
私は近くの机を怒りに任せて鞄で叩いた。鞄から教科書と筆記用具が飛び散る。
「誰かいるの?」
教室のドアが開き、柳田先生が入って来る。
「なんだ。ミワッチか。こんな所で何してるの?」
柳田先生はゆっくりと私に近寄る。
「目障りだって、坪寺に言われて……」
私は俯いたまま答えた。
柳田先生の紺色のハイヒールが目の前で止まる。
「それで凹んでだ。ミワッチ」
「別に凹んでなんかいません」
「物には罪ないよ。授業で使ってもらえず、ずっと鞄の中に入っていて、やっと外に出たと思ったら、
八つ当たりの道具にされて、可哀想ね。教科書と筆箱の仲間たち」
柳田先生が屈み、飛び散った教科書を拾い集める。
「だって、私、大検なんか取る気ないんです。
ママに無理矢理学校に入れられただけですから」
「大人はね。人のせいになんかしないんだよ」
柳田先生は立ち上がると筆箱に一本ずつペンを入れる。
「確かに坪寺さんの言う事もわかるわ。ミワッチ、あなた目障りよ。ここはね、一生懸命勉強している人間たちが集まっているの。
みんな石に躓いたから、立ち上がろうとしているのよ。あなたはいつまで悲劇のヒロインやっているの?高校を辞めたのは
あなたじゃなくて、ママのせい?父親がいないからいけない?それとも周りの子たちのせい?」
いつも穏やかな柳田先生の顔から笑みは消えていた。
「一生自分の人生から逃げるつもり?」
グサリと柳田先生の言葉が胸に刺さる。
私はいたたまれなくて、その場から逃げるように走り出す。
「待って、ほら、鞄忘れているわ」
ドアを開けようとした時、声が掛かる。
私は俯いたまま柳田先生から鞄を受け取ると、走り出す。
エレベーターは使わずに非常階段で駆け降りる。誰にも会いたくなかった。
 本当はわかっていた。私は現実から逃げている。
高校を辞めたのも馴染めなかったんじゃない。
勉強について行けなかった。ママの期待に応えたくて、競争率の高い進学校を受験した。その時のママは仕事で
忙しくても勉強を見てくれたし、側にいてくれた。やっとママに振り向いてもらえて嬉しかった。
合格した日はお洒落をして二人でお祝いをした。有名なフランス料理の店に連れて行ってもらい、二人でノンアルコールの
シャンパンを飲んだ。ママは沢山私に笑いかけてくれて、いろんな話をしてくれて、ずっとそんな日が続けばいいって
思っていたけど……。
 学校の試験の度にどうして私はママに似なかったんだろうと思った。
いつも下から五十番目ぐらいの成績だった。クラスでは一番下だ。
私の試験結果を見る度にママがうんざりしたようにため息をつく。笑顔もなくなって、
家にもあまり帰って来なくなった。同級生たちも私を内心は馬鹿にしていた。
こんな問題もわからないのかって、教師にも言われて私は謝るしかなかった。
ママと同じ京都大学に進学したいと担任の先生に言ったら笑われた。
毎日、ちょっとずつ傷ついて、凹んで、気づいたら高校に行けなくなっていた。
「高木さん、どこに行くの?次の地学取っているんでしょ?」
一階に降りるとコンビニの前で北川に捕まる。北川は金髪たちと煙草を吸っていた。
「もう、ほっといて」
小さく呟く。
「えっ」
北川が訝しげに眉を寄せた。
「ほっといてよ!私なんかどうなっても、北川には関係ないでしょ!」
そう口にした途端涙が零れる。抑えようと思っても止まらない。
北川にこんなみっともない顔見られたくなくて俯く。
「関係なくない。高木さんは僕の生徒だ」
北川の言葉が胸に響く。
「ねぇ、見て。あそこにさ、たんぽぽ咲いているでしょ?」
顔を上げて北川が指す方を見ると、ビルとビルの間に咲くたんぽぽを見つける。
「アスファルトの間からよく咲けるなって思わない?
こんな陽の当たらない、土もない場所でもさ、たんぽぽは自分の花を咲かせているんだよ。
毎朝出勤する時、このたんぽぽを見て僕も頑張らないといけないって思うんだよね。
高木さんもそう思わない?」
「思わない!」
そう言い捨てると私は走り出した。
もうこれ以上惨めな自分を他人の前で晒すのが嫌だった。







 次の日は予備校を休んで家にいた。ママは昨日から学会で京都だ。
帰りは明日になるとメールをもらった。いつも落ち込むと図書室に篭る。
ママと二人だけで暮らす3LDKのマンションには一部屋だけ本棚で潰した部屋があった。私はそこを図書室と呼んでいる。
お気に入りの本はJ・ウェブスターの「あしながおじさん」だ。孤児院出身の女の子が匿名の紳士、あしながおじさんの援助を
受けて大学に行く話だ。ジルーシャの前向きな生き方に自分もこうなれたらいいのにと思う。
ママは立派な学者なのに、私は出来損ないの人間だ。
生まれて来る価値一つ持っていない人間だ。
膝を抱えうずくまると、泣いた。昨日からずっと泣いてばかりだ。

ピンポーン

インターホンが鳴る。私はハッとして顔を上げた。いつもだったら無視するけど、
ママが家に荷物を送ってあるから受け取っておいて欲しいと言っていた。
涙を拭うと玄関のドアを開ける。
「こんばんは」
目の前にいたのは宅急便屋さんではなくて、北川だ。
「な、何しに来たの?」
動揺した。まさか生徒の家まで先生が来るなんて思わない。
「それはもちろん。勉強させに来たんだよ。今日無断で休んだでしょ。その分の勉強だよ」
北川がニッコリと微笑む。
「はぁ?何考えているの?こんな遅い時間に」
今は夜の8時だ。
「もっと早く来ようと思ったんだけど、残業があったんだ。これお土産」
北川が私に小さな包みを渡す。
「開けてみて」
北川に言われ仕方なく袋を開けると、たんぽぽの携帯ストラップが出て来た。
「かわいいでしょ」
北川が優しい笑顔を浮かべる。その笑顔を見た瞬間、いろんな感情がこみ上げてくる。
目の前の北川が涙でぼやける。
北川がそっと私に近寄り優しく背中を抱く。
「高木さん、我慢しないで泣いていいんだよ。僕は先生だから遠慮はいらない」
その言葉を合図に私は声をあげて泣いた。
心の中に詰まっていた想いが溢れる出す。ずっと苦しかった。
ママのようになりたくて、なれない自分が苦しかった。
それから一時間ぐらい私は玄関で泣いていた。
玄関の縁に北川と並んで座る。
北川はどこからかティッシュの箱を持って来て、それを私に渡してくれた。
「落ち着いた?」
一頻り泣くと、北川が聞く。私は顔を上げ北川を見た。
「……ありがとう」
北川に対して初めて感謝の言葉を口にする。
北川が口の端を上げる。
「高木さんもちゃんと自分の花咲かせられるよ。大丈夫、自信持ちなよ。
君はとても魅力的だから」
「自分の花?」
「みんな生まれた時からね、その人にしかない種を持っているんだ。
その種を咲かせるのは自分次第なんだ。きっと高木さんはこれから咲くよ」
「こんな私でも?」
「こんなじゃないよ。僕にはちょっと傷ついている女の子に見えるけど、
本当は前向きで頑張りやだと思う。少し意地っ張りだけど」
「意地っ張りは余計だよ」
私の言葉に北川が笑う。久しぶりに心の中が軽くなった。
高校を中退してから堪ったままの心の膿を北川が潰してくれた。
「明日は来いよ。待ってるから」
私の頭を北川が撫でる。
「行かないとまた家庭訪問に来るんでしょ?」
私の言葉に北川がニッと笑った。


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