―――  美  幸(みゆき)  ――― 


三章

4 再会



 九月六日。今日で私は二十四歳になった。
一年前の今日、幸ちゃんは静岡から出て来て、私を江ノ島に連れて行ってくれた。
交際して初めて行った二泊三日の旅行だった。
 幸ちゃんが静岡に転勤になってから私たちは静岡と千葉を行き来するだけだったので、
旅行らしいものをした事がなかった。
 川崎駅で待ち合わせて、私たちは小田原行きの東海道本線に乗った。
幸ちゃんと隣にあって座る。今日の幸ちゃんはジーパンにTシャツ姿だ。
私はノースリーブの白いワンピースに黄色いカーディガンを羽織っていた。
「美和子、凄い荷物だね」
幸ちゃんが足元に置かれた私の旅行鞄を見る。幸ちゃんの鞄の二倍は大きかった。
「だって二泊するとなると、女の子はいろいろとあるんだよ」
「でも、その荷物を持たされる俺の身にもなって欲しいな」
幸ちゃんがため息をつく。
「別に持たせたるつもりはないよ」
私はプイッと膨れてみせる。
幸ちゃんが笑う。
「そんな顔しないの」
キュッと幸ちゃんが私の鼻を摘む。その瞬間胸がざわっとした。
幸ちゃんと付き合って一年と九ヵ月、私は幸ちゃんに夢中なままだ。
「図書館はどう?」
幸ちゃんの眼鏡越しの瞳が柔らく私をとらえる。
「うん。まあまあかな。夏休みが終わって、子供たちの姿をあまり見なくなったかな。
幸ちゃんは仕事どう?」
私の言葉に幸ちゃんが笑う。
「大検が終わって一息つけた所だ。今年はわりと真面目な子が多かったよ」
幸ちゃんが正面の窓を見ながら答える。
「私みたいな逃げまわる子はいないの?」
冗談めかして幸ちゃんを見る。
鼻筋の通った横顔が今日もカッコいい。
「いないよ。美和子が特殊過ぎる」
幸ちゃんが笑いながら私を見る。
「ふーん。そうなんだ」
「あっ、でも、一人気になる子がいたよ。
その子笑わないんだ。俺がどんなに変な事言っても『そうですか』で済ませちゃう」
「その子は女の子?」
私の問いに幸ちゃんが頷く。
「十七歳で、可愛い顔立ちをした子だよ。だから、笑えばいいのにって思うんだけどさ」
「幸ちゃん、その子の笑顔見たら恋に落ちたりしないでしょうね?」
幸ちゃんの話にちょっと心配になる。
「あれ?妬いてるの?」
「別に」
私はすました顔をする。幸ちゃんが笑う。
「美和子は可愛いな」
膝の上に置かれた私の手を幸ちゃんがギュッと握る。
「俺が愛しているのは美和子だけだよ」
幸ちゃんが私に近寄ると、耳元で囁く。
「バカ、こんな所でそんな事言わないでよ」
公衆の面前で私は急に恥ずかしくなる。
「美和子ポストみたい」
からかうように幸ちゃんが笑う。
「もう、幸ちゃんの意地悪」
膨れる私にますます幸ちゃんが可笑しそうに笑う。
いつもそう。幸ちゃんは私をからかうのが好きなのだ。
でも、私も幸ちゃんにそうやって笑われるが好きだ。
彼の笑顔を見ていると、幸せな気持ちになる。
彼が側にいてくれるだけで、本当に他には何もいらないって思えるのだ。
こんな事を真由美たちに言ったら、アツアツだねって冷やかされた。
 電車は三十分後に藤沢に着いた。
そこから江ノ島電鉄に乗り換える。緑の縁に真中がクリーム色の車両は二両編成だった。
幸ちゃんは文句を言いつつも、私の荷物を持ってくれていた。
私が持つって言っても待たせてくれないのだ。
「わー可愛いね」
江ノ電の中は小じんまりとしていた。
窓際の席に幸ちゃんと座り、外を眺めた。
民家のすぐ側を通ったり、道路の上を通ったりして、私には物珍しかった。
その度に幸ちゃんに、あれ見てとか、これ見てとか言い続けた。
幸ちゃんは隣でそんな私を見ながら笑っていた。
江ノ島駅までの十分間は本当にあっという間だった。
「そんな寂しそうな顔をするなよ」
江ノ電が走り去るのをホームで見送っていた。
隣に立つ幸ちゃんが笑う。
「江ノ島に行った後は、また江ノ電に乗って鎌倉まで行くから大丈夫だよ」
「鎌倉まで行けるの?」
「うん。実は旅館を鎌倉で取ったんだ」
今日の旅行は江ノ島に行くという以外私は何も知らされていない。
幸ちゃんのサプライズ旅行だ。
「ありがとう」
私は満面の笑みを浮かべる。
重たい旅行鞄を駅のロッカーに仕舞うと、私たちは江ノ島に向かって歩く。
広がる海の中に江ノ島があった。
江ノ島大橋を渡ると、色あせた青銅の鳥居が私たちを出迎える。
ようこそ江ノ島へ≠ニいう看板が見えた。
「変わらないな」
幸ちゃんが呟く。
「何が?」
私は隣の幸ちゃんを見上げる。
「子供の時に来たままだ。あの海産物屋も、せんべい屋も記憶にあるよ」
幸ちゃんが懐かしむように目を細める。
「小学生の時、父と母と弟でよく来たんだ。この参道を弟と競争したよ」
「へぇ、そうなんだ。それでどっちが勝ったの?」
「もちろん俺」
幸ちゃんが得意気な顔する。
「お兄ちゃんのくせに大人げないんだ」
私が笑う。
「男と男の真剣勝負に手は抜かないよ」
幸ちゃんの横顔がすっかり子供に戻っている。
「幸ちゃん、あっ、あれ」
私は空を指す。
「何?」
幸ちゃんが空を見る。その隙に私は参道を走り出した。
「あっ、美和子ずるい」
幸ちゃんが慌てて走り出す。
「ハンディだよ」
後ろを走る幸ちゃんに言う。
参道を歩く人たちが何事かと私たちに視線を一瞬向けていた。
私は笑いながら走っていた。
先には赤い鳥居が見えた。
「鳥居がゴールだよ」
私は速度を上げる。すぐ後ろに幸ちゃんの気配を感じる。
そして、あっという間に幸ちゃんが私を抜いて鳥居にタッチする。
息を切らした幸ちゃんが私を出迎える。
「急に走らせるなよ」
脇腹を押さえながら、肩で呼吸する幸ちゃんに私は笑う。
「全く。美和子と違って俺はもうすぐ三十になるんだから」
切れ切れに幸ちゃんが言う。
「幸ちゃんももうおじさんって事か」
私はケラケラ笑う。
「そうだよ。おじさんだよ」
そう言った幸ちゃんが少しいじけているのがわかった。
「私はおじさんになっても、おじいちゃんになっても幸ちゃんが好きだよ」
「バカ」
幸ちゃんが照れくさそうに言う。
そんな幸ちゃんを見ていて胸がキュンとした。
 それから私たちはお昼に名物のしらす丼を食べて、江ノ島神社を参拝した。
その後は景色がいいからと、幸ちゃんに連れられて恋人の丘に向かった。
舗装していない坂道は意外と細くてサンダル履きの私は何度も転びそうになる。
その度に幸ちゃんが私の背中に手をあてて、支えてくれた。
私は転びながらもそれが嬉しかった。
「ここだ。着いたよ」
坂道を十分ぐらい登ると、相模湾を見下ろす高台があって、その真中に鐘が置いてある。
その周りには金網があり、所狭しと南京錠が掛けられていた。
「これが龍錬の鐘だね」
私は幸ちゃんと鐘の前に立つ。
悪い五頭龍が天女に恋をして心を改めたという江ノ島伝説がある事を通りすがりの売店で聞いた。
その伝説にあやかり、鐘を鳴らした後、二人の名前を書いた南京錠を掛けると永遠の愛が叶うという事で
南京錠だらけになっているのだ。
「鳴らしてみるか?」
幸ちゃんが私を見る。
「うん」
私は大きく頷く。
私たちは鐘から伸びるロープを二人で持って鐘を鳴らす。
金属音が響き、夕陽に染まる相模湾に消えて行く。
隣に立つ幸ちゃんと視線を絡ませ私たちはそっとキスをした。
「結婚しよう」
唇を離すと幸ちゃんが口にする。
「これが約束の印だ」
鞄から幸ちゃんがリングケースを取り出す。
幸ちゃんがケースを開けるとダイヤがついたプラチナリングがある。
「幸ちゃん、これ……」
何回か幸ちゃんに結婚しようと言われていたけど、
目の前に差し出された指輪に私はその言葉の意味を実感した。
「一応婚約指輪だ。ずっと口ばっかりだったから、今日は物でしめそうと思ったんだ」
「本当に私でいいの?」
「当たり前じゃないか。美和子以外にいないっていつも言っているだろう。
俺は本気で美和子と一緒になりたいんだ。美和子受け取ってくれ」
嬉しくて涙が浮かんでいた。
「ありがとう。嬉しい。今まで生きてきた中で一番嬉しい」
私が笑うと、幸ちゃんが左手に指輪をつけてくれる。胸がいっぱいになる。
「それから、1月から千葉に戻れる事になったよ」
「えっ」
予定では来年の7月に幸ちゃんは帰ってくる事になっていたから、半年早くなる。
「本当に?」
「あぁ。本当だ。そしたら、結婚式場探そう」
嬉しくて私は幸ちゃんに抱きついた。
「こんなに嬉しい誕生日初めて。ありがとう。幸ちゃん」
幸せだった。こんなに幸せでいいのかと思う程幸せだった。

でも、その幸せはもう私にはない。
手元に残った婚約指輪を見ると、泣けてくる。
幸ちゃんに会いたい。会って私と別れた真相を聞きたかった。
借金取りに追われていようと、人を殺していたとしても会いたいと思う。
だから、私はダメもとで、幸ちゃんの実家に行く事にした。
まだ電話でしかお母さんとは話していない。
もしかしたらお母さんは幸ちゃんから何かを口止めされてるかもしれない。
それが私を川崎に行かせた理由だった。
 幸ちゃんの実家は神奈川県の川崎市にあった。
結婚の挨拶の時と、今年のお正月に行った事がある。
お母さんは親しみやすい人で、うちには女の子がいないから、
娘が出来て嬉しいと私を歓迎してくれた。
 川崎までは稲毛から快速電車一本で行ける。時間は一時間少しだ。何か幸ちゃんにつながる
手がかりはないかと、祈るような気持ちで私は横須賀線に乗った。妊娠十六週に入っていた。
まだ気になる程お腹は出ていないけど、体の線が出ないようにワンサイズ大きいワンピースを着て
いたので、妊婦には見えなかった。そろそろ胎動を感じるようになると宮崎先生が言っていた。
 午後一時四十分に川崎駅に着く。新幹線も通っている所だったので駅は大きい。慣れない広さに
私は戸惑った。ホームから階段を上って、頭上の案内を見ながら西口を探す。人口100万人を超える
川崎市は私が住んでいる稲毛とは比べ物にならない程の大都市だ。西口を出ると大きな商業施設が
目についた。幸ちゃんと今年の正月に行った事を思い出す。ロータリーに出るとバス乗り場があった。
五十一番から八十七番までの乗り場があって、私はどのバスに乗るかわかない。
正月に来た時は駅までお父さんが車で迎えに来てくれた。
「やっぱりタクシーか」
私はタクシースタンドの前に立ち、タクシーに乗った。
「幸区までお願いします」
乗り込むと行き先を告げた。タクシーが走り出す。
窓の外に川崎の景色が流れる。
高層ビルがいくつもあり、羽田から飛び立った飛行機が見えた。
段々景色が住宅街に変わって行く。幸ちゃんの実家は多摩川の近くだった。
よく多摩川土手でサッカーや野球をしたと言っていた。
「あっ、ここでいいです」
坂の上の白い家の前で私は運転手さんに声を掛けた。
料金は1740円だ。駅から十五分ぐらいの距離だった。
タクシーを降りると門の前に立った。御影石で出来た表札には「北川」と書かれている。
私は緊張したながらインターホンを押した。
品の良い声が「はい」と出る。
「あの、高木美和子です」
震えそうになる声で私は名乗った。
すぐにドアが開いて、お母さんが門まで出て来てくれた。
「美和子ちゃん」
私の顔を見ると、変わらない親しみのある笑顔を浮かべてくれた。
もしも、追い返されたらどうしようと思っていたのでホッとした。
「さぁ、上がって」
お母さんに言われ私は家の中に上げてもらった。
築二十年の家はいつ来ても綺麗に片付いていた。
リビングに通され、私は革張りのソファに座らせてもらう。
「冷たいものがいいかしら」
お母さんが対面式のキッチンから私に聞く。
「はい」
九月に入ってもまだ夏の名残があった。
涼しげな青いグラスにお母さんが麦茶を入れて持ってくる。
私はそれを一口頂いた。
「美和子ちゃん、元気だった?」
私の正面に座るお母さんが聞く。
お母さんは白いカットソーに薄手の紺色のカーディガンを羽織っていた。
今年五十七歳になる。目元が幸ちゃんに似ていた。
「はい」
「本当にごめんなさい。うちの幸太があなたにあんな酷い事をして。
親として美和子ちゃんに本当に申し訳ないと思っています」
お母さんが深々と頭を下げた。
「いえ、そんな。お母さん、頭を上げて下さい。今日は別に謝ってもらいたくて
来た訳じゃないんです」
私の言葉にお母さんが頭を上げる。
「実は幸ちゃん、私に嘘をついていたんです。浮気をしていたのはお芝居でした。
その事は浮気相手として紹介された女性に会って確認したんです。彼女は幸ちゃんに雇われたそうです」
私は一つ一つの出来事を思い出すように口にした。
「嘘をついてまでも、どうしても別れなきゃならない理由ができたみたいなんですが、
それはわかりませんでした。それでお母さんなら何か知っているかと思って」
お母さんを見ると眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
「……そうですか」
お母さんはそれだけ言うと考えるように黙り込んだ。
気まずい沈黙が流れる。
「美和子ちゃん」
お母さんが私を見る。
「はい」
「ちょっと洗濯物入れて来たいんだけど、いいかしら」
「はい」
私の返事を聞くとお母さんは席を立ち、リビングを出て行く。
私は一人になった。階段を駆け上がる音が遠くでしていた。
ソファから立ち上がると部屋の中を見回す。
サイドボードの上には子供の頃の幸ちゃんの写真があった。
二つ年下の弟さんと一緒に写っている。二人はとても似ていた。
ふと私は幸ちゃんの弟さんに会った事がない事に気づく。
今年のお正月遊びに来た時も弟さんの姿はなかった。
弟さんが今どこで何をしているかは知らされていないし、
お父さんとお母さんの口から一度もその話題はない。
それは偶々なのか、それとも何か話せない事情があるのか。
「ごめんなさい。お待たせして」
お母さんがリビングに戻って来る。
「いえ」
私はサイドボードの前にいた。
「これ、ディズニーランドですか」
写真の一枚はミッキーマウスと一緒に写っていた。幼稚園生ぐらいの幸ちゃんがいる。
「えぇ。幸太ったら、ミッキーと撮りたいって言っていたわりには、本物のミッキーが思っていたよりも
大きくて、この写真を撮る前に大泣きしたのよ」
お母さんがその当時を振り返るよにう笑う。
「幸ちゃん、かわいいですね」
驚いて泣いた小さい幸ちゃんを思い浮かべて、私も笑った。
今頃私は結婚しているはずだった。
目の前のお母さんとも親子になっていた。その事を思うと切なくなる。
 それから一時間、幸ちゃんについてお母さんに質問したけど、
お母さんからは新しい事は何も聞き出せなかった。
お母さんは私の質問に全てわからないで答えた。
時折お母さんが苦しそうな顔をしていた。
幸ちゃんが行方不明でお母さんも心配しているようだ。
「力になれなくてごめんなさい」
玄関まで見送りに来たお母さんが謝る。
「いえ、こちらこそ突然すみませんでした」
「もしも幸太から連絡があったら美和子ちゃんが探している事を伝えるわ」
「お願いします」
私はドアを開けた。家の外にはお母さんが呼んでくれたタクシーが停まっていた。
「美和子ちゃん、待って」
タクシーに乗り込もうとした時、背中に声が掛かる。
「これ、タクシー代」
お母さんが私に一万円札を渡す。
「こんなに頂けません」
私はびっくりした。
「いいから、貰って。私はね。あなたの事まだ娘だと思っているの。
だから、気が向いた時はいつでも遊びに来て。ねっ、美和子ちゃん」
優しいお母さんの言葉に泣きそうになった。
「ありがとうございます。また来ます」
「美和子ちゃん、体を大事にしてね」
「あの、お母さん」
「何?」
「幸ちゃんの弟の高広さんって今どこにいるんですか?」
私の質問にお母さんの目の奥が潤むのがわかる。
私は聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。
「ごめんなさい。あの、無理に答えなくてもいいですから。じゃあ、お母さんもお元気で」
それだけ言うとタクシーに乗り込んだ。お母さんが手を振る。私も振り替えした。





 九月二十一日。
私はまた川崎に向かった。図書館は休みだった。
昼頃真由美から電話をもらった。電話口の真由美は動揺していた。
とにかくすぐに来てという真由美の言葉で私は電車に飛び乗った。
電車の接続が悪かったので、一時間半ぐらいかかった。
東口に出てタクシーを拾うと、真由美から聞いていた病院名を告げた。
「美和子、早く」
看護士の制服を着た真由美が正面玄関で私を出迎える。
私は真由美に連れられて走った。大学病院の中は広くて、人が沢山いた。
「こっちだよ」
真由美が7階に着くとエレベーターから降りる。そこは呼吸器科の病棟だった。
切迫した気持ちがどんどん私を追い詰める。
「ここだよ。北川先生が入院しているのは」
ナースステーションから近い病室の前で真由美が立ち止まる。
部屋のプレートには北川幸太≠ニいう名前があった。
その名前を目にした時、やっと幸ちゃんにたどり着けた事を知った。
でも、まさか入院していたなんて夢にも思わない。
「失礼します」
真由美がスライド式の戸を開ける。
そして病室の光景に私は言葉を失う。
ベッドの上には体中医療機器に繋がれ寝ている幸ちゃんの姿があった。
私は堪らず幸ちゃんの側に駆け寄り、点滴をしていない方の手を握った。
幸ちゃんの体温が伝わる。涙が溢れて来る。
「美和子ちゃん……」
ベッドの側には一週間前に会ったお母さんがいた。
お母さんの目には薄っすら涙が溜まっている。
「もう昏睡状態になっているから、意識は戻らないわ」
突然、心拍数を図っていたモニターがピーーーーという音を鳴らす。
部屋中が緊迫した空気に包まれる。
「いやーーーー!幸ちゃん、幸ちゃん!目をあけて、幸ちゃん、幸ちゃん!」
私はなりふり構わず幸ちゃんの名前を叫ぶ。
「先生呼んで来ます」
真由美が病室から出て行く。
「幸ちゃん、幸ちゃん、幸ちゃん」
私は彼の手を握り、彼の顔の前で繰り返し、繰り返し呼んだ。
幸ちゃんは目を閉じたままで、何の反応もしめさない。
涙が溢れる。せっかく会えたのに。やっとたどり着いたのに……。
医師が入って来る。幸ちゃんの手を取って、脈を取り、瞳孔を確認する様子を私はただ見ているしかない。
「延命しますか?このまま生きるのは苦しいと思いますが」
医師がお母さんに尋ねる。
「いいです。逝かせてやって下さい。幸太は充分病気と闘いました」
涙交じりのお母さんの声がした。
「午後一時五十二分。北川幸太さんの死亡を確認しました」
医師の声が告げられた時、私は床に崩れ落ちた。



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