―――  美  幸(みゆき)  ――― 


一章

3 さようなら、先生


 七月三十一日。大検はいよいよ明日に迫っていた。予備校は緊張感に包まれている。
自習室は朝からいっぱいでみんな問題集に向き合っていた。
いつもはコンビニの前で談笑する学生たちの声も聞こえてこないぐらい静かだった。
「あぁ。どうしよう。もうダメだ」
隣の席で勉強していた真由美が悲鳴に近い声をあげる。
「どうしたの?」
私はシャーペンを置いて彼女を見た。
「急にわからなくなっちゃって。私英語がギリギリなんだよね。だから一生懸命構文覚えているんだけど、
段々何が何だかわからなくなっちゃった」
私は真由美が見ていたプリントを手にした。
「『何が起ころうとも』」
プリントを読む。
「Come what mayかNo matter what mayかWhatever happensかな」
真由美が答える。
「正解!凄い全部覚えてるじゃん、じゃあ、次『〜について話し合う、相談する』は?」
「talk over」
「正解。じゃあ『〜を調べる』」
「look over」
「正解。『〜に注意を払う』」
「えーと、pay attention toかな」
「正解!大丈夫だよ。真由美。ちゃんとできてるじゃん」
私の言葉に真由美が笑顔を浮かべる。
「ありがとう。何かちょっとだけ自信が持てたよ」
「ちょっとじゃなくていいよ。いっぱい自信持って」
私はピースサインをする。
「うん」
真由美もピースサインをする。
 こんな感じで私たちは朝から夕方まで机にかじりついて勉強した。わからない事があれば隣の職員室に行って聞いた。
先生は丁寧に答えてくれる。ここの先生たちは本当に生徒一人一人に親身になって答えてくれる。
北川先生も柳田先生も優しい。だけど、職員室に行くと仲良さそうに話している二人の姿を見ると胸がズキっと痛んだ。
やっぱり二人は恋人同士なんだろうか?
「高木さん、どうしたの?」
ぼんやりと職員室の前で佇む私に北川先生が声を掛ける。
白いワイシャツに黄色いネクタイを今日は合わせていた。先生はスーツがよく似合う。
私は赤ジャージはやめてTシャツにジーパンという普通の格好をしていた。
「あの、簿記今日も見てもらっていいですか?」
北川先生は本当にこの二週間私の為に時間をとって簿記を教えてくれた。
「うん。いいよ」
北川先生がえくぼの見える笑顔を浮かべる。
私は北川先生と補習室に入った。
もう午後八時を回っているので学生は帰り、私たちしかいない。
ふと台風の日も二人きりだった事を思い出した。先生はあの時少しも動揺していなかった。
それ引き換え私は恥ずかしい程動じていた。今思うと顔から火が出る程恥ずかしい。
いつもの窓際の席に向かい合わせで座る。鞄から電卓と問題用紙を出した。
「精算表がやっぱりまだつまずいちゃうんです」
自習室で解いていたプリントを先生の前に出す。彼はそれにざっと目を通す。
「あぁ、多分これ減価償却費の計算が違ってるよ。ちょっと電卓貸して」
私は机の上の電卓を先生に渡した。その時少しだけ指先に触れ、胸がキュンとした。
「えぇーと、これは……」
先生が電卓を叩き始める。
「あぁ、やっぱり。耐用年数で割るのを忘れてるよ。だから、損益計算書の所もう一度やり直してごらん」
先生は私に電卓を渡す。私は精算表の損益計算書の欄を計算し直した。
「あっ、出来た!」
言われた通りにやっていくと金額が合った。一人で一時間悩んでいたのが、これで解消されホッとする。
「高木さん、随分できるようになったね」
先生が嬉しそうに目を細める。
「先生が毎日勉強に付き合ってくれたから」
仕訳さえ満足にできなかった私を二週間で一番難しい精算表が作れるまでにしてくれたのは先生のおかげだ。
「高木さんにやる気があったからだよ。これなら明日の大検は合格だよ」
先生が笑う。その顔に私はまた時めいてしまう。
気がつくと先生の事を考えている私がいた。
あの台風の日からずっと先生の事ばかり想っている。
「どうする?まだ問題解く?」
先生が伺うように私を見る。眼鏡越しの瞳はいつも真っ直ぐに私に突き刺さる。
その度に胸の中がいろんな気持ちで溢れた。
「いえ、今日はもう帰ります。明日がありますからね」
「そうか。じゃあ、俺も帰るよ。一緒に帰ろう」
「はい」
私は笑顔で答える。
先生と二人並んで歩き慣れた駅までの道を歩く。
大通りに面しているので車の通りが頻繁にあった。いつも先生が車道側を歩いてくれる。規則正しく並ぶ
オレンジ色の外灯が行き先を照らす。バスターミナルが見えて、歩道橋を上がると、そこはもう千葉駅の
西口の改札口だった。改札を通り、一番右側まで行って階段を降りると1、2番線のホームがある。
 ホームの真中ぐらいまで歩くと立ち止まり、電車を待った。
電光掲示板には三鷹行きの電車が五分後に来る事を表示している。
こうして先生と一緒にいるのが嬉しかった。私は隣に立つ先生を見上げる。
「先生」
「うん?」
私が呼びかけると彼が私を見る。
眼鏡の奥の瞳が予備校にいる時よりも優しく見えた。
「先生はどうして大学に行ったんですか?」
大検の後は当然大学受験が控えていた。私はまだ大学に行くかどうか決められない。
「どうしてか。う……ん。そうだな」
彼が考えるように宙を見る。鼻筋の通った横顔を私は見つめた。
「カッコつけると、もっといろんな事知りたいって思ったんだ。
大学に行けばその道の専門家に気軽に会えたしね。後は……」
そこまで口にすると、彼が黙る。
「後は?」
私は先を催促するように彼を見る。
「秘密」
彼がニッと笑う。
「えー。ずるい。そんな気になる言い方して」
私が不満そうに先生を見ると、彼が笑う。
「あっ、電車来たよ」
先生の言うとおり黄色い電車がホームに入って来る。
電車の中はガラガラだ。私たちは入り口から一番近い席に並んで座った。
「高木さんの好きな事って何?」
電車が走り出すと先生が私を見る。
視線と視線がまっすぐにぶつかり合い、ドキッとした。
「えっと……」
顔が赤くなりそうだ。私はすぐに彼から視線を逸らす。
「読書かな?小説とか物語を読むのが好きです」
膝の上に置いた鞄を見ながら口にした。
「じゃあ、その好きな事勉強してみようとは思わない?」
「好きな事を勉強する?」
それは考えてもみなかった。
「高木さんのお母さんだって、きっと好きなことを勉強しているんじゃないかな。
だから、学者さんやっているんでしょ?」
彼に言われて母の事をそういう風に考えた事はなかった。いつも難しそうな本を読んで、ああでもない。
こうでもないと誰かと言い合っているイメージしかない。しかし、見ようによってあれは好きなことを
一生懸命話しているのかもしれない。
「好きなことか……」
私は考えてみる。するとすぐに浮かんだ。
「あっ」
「何?」
「いや、あの」
何となく口にするのが恥ずかしい。
「言ってみて、どんな事でも笑わないから」
彼が私を見る。
「あの、私、小学生の時とか、中学生の時、学校の図書室が大好きで、
それで、図書委員にもなったんです。何となくですけど、そういう仕事が出来たらいいなって思いました」
こんな事人に話したのは初めてだ。口にしたらより照れくさくなった。
「なるほど。じゃあ司書とかいいんじゃない?
確か図書館司書の資格が取れる短大があったよ」
「図書館司書?」
それは初めて聞いた単語だ。
「図書館で働く人が持っている資格だよ。今度資料作ってあげるよ」
彼がそう言った時、電車が止まる。もうそこは稲毛だった。
「あっ、じゃあ、また」
私は慌てて電車から降りた。いつものように彼に手を振ると、彼も振ってくれる。
電車がホームからいなくなるまで立っていた。
頭の中には図書館司書という単語が響いていた。



 八月一日。朝から気温が上がっていた。朝のニュースでは今日は35度まで上がる猛暑日になるだろうと
言っていた。試験会場は千葉大だ。稲毛からは一駅の場所だった。西千葉で降りると、受験生がズラリと
千葉大までの道のりに列を作っていた。緊張した。こんな緊張感高校入試の時以来だ。
 大学の門まで行くと、いろんな予備校の先生たちがビラ配りをしていた。その中に北川先生もいた。
「頑張れよ」
北川先生からうちわを受け取る。
今日はスーツではなくTシャツにジーパン姿だ。
いつもより年齢が5才ぐらい若く見えるので、
受験生か、千葉大生のように見えてしまう。
「はい。頑張ります」
力強く答えると門を通った。木々に囲まれた緑のトンネルを歩くと掲示板を見つける。
掲示板の前には受験票を持った人たちで溢れていた。
みんな自分の受験する教室を探している。
私も鞄から受験票を取り出すと、自分の番号を探す。
「おはよう」
後ろから弾んだ声がした。
「おはよ」
振り向くと真由美だった。今日は制服ではなく、白いワンピースを着ていた。
頭には手の平サイズのピンク色の花の髪留めを付けている。凄く目立って彼女らしい。
「美和子番号何番?」
「1101だよ。真由美は?」
「1131だよ。きっと同じ教室になるね」
番号は百番単位で一つのグループになっていたので、私たちは同じ教室になった。
階段教室に入ると、もう半分以上の人が座っている。
冷房は全く入っていなくて、蒸し暑い。
辛うじて窓からの風が時々吹いてくるが、気休め程度にしかならなかった。
正面の黒板には受験番号と試験科目と、時間が書いてある。
スーツ姿の監督官が、教壇横のパイプ椅子に座り、暑そうにセンスで仰いでいた。
真由美は廊下側の席で、私は真中の席だった。
席は離れていたけど同じ教室に友達がいるのは心強い。緊張感が少し解れた。
午前九時二十分になると、「始めて下さい」という試験管の声がかかり、みんな一斉に問題用紙を開く。
国語の試験だった。現代文、古文、漢文、漢字の問題が出題された。
国語は得意科目だったので、比較的スムーズに問題を解く事が出来た。
解答はマークシート方式で、答える番号を鉛筆で黒く塗りつぶした。
試験開始一時間後に全ての解答が埋まる。
真由美の方を見るとまだ問題を解いている様子だ。
私は試験官に解答用紙を提出すると退出し、自習室用に開放されている教室に向かう。
まずは手応えよく始められたので、ホッとした。
「おかえり」
自習室の前の廊下に北川先生と柳田先生の姿を見つける事が出来た。
「やっぱりミワッチが一番だったね」
柳田先生が言う。
「さすが北川組だ」
北川先生が誇らしげに言う。
私は照れ笑いを浮かべた。
「はい、これ」
柳田先生がポカリスエットを私に渡す。
「今日は暑いから水分補給はしっかりね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、私ちょっと見回り行って来ます」
柳田先生が北川先生を見る。一瞬二人の視線が重なり、二人にしかわからないアイコンタクトをしたように見えた。
その親密な様子に私の胸が焦げる。やっぱり二人は付き合っているように見える。
「大丈夫?バテテない?」
先生が私を見る。
「はい。大丈夫です。まだ最初ですからね」
「今日は最後まで試験あるんだっけ?」
「はい。四時限目の簿記まであります」
そこまで話すと会話が途切れる。私はちらりと北川先生の顔を見た。
微かに額に汗が滲んでいた。
「何?」
私の視線に先生が気づく。
「先生って横顔綺麗だなと思って」
「えっ」
先生が目を見開く。私はそんなに変な事言ったのだろうか。
「そんな事初めて言われた」
先生が苦笑を浮かべる。
「今まで付き合って来た彼女たちに言われなかったんですか?」
思い切って先生のプライベートな事まで口にした。今までそんな事聞いた事はない。
「うん。誰一人言ってくれなかった。と言っても付き合ったのは二人だけどな」
先生の恋愛の数を聞けて少し嬉しい。
「今の彼女を入れて二人ですか?」
つい余計に聞きたくなる。
「今の彼女?」
先生が眉を上げ、信じられないものでも見るように私に視線を向ける。
「だって、柳田先生と付き合っているんでしょ?」
「えっ!」
先生が更に信じられないものでも見るように目を丸くする。
「ははははは」
そして笑い出す。私はその笑いの意味がわらかない。
「私、何か変な事言いました?」
「ごめん。ちょっとあまりにも唐突だったから」
先生は笑いを堪えるように口元を抑えた。私はそれ以上何も言えなかった。
「美和子!」
声のした方を見ると真由美が走って来る。
「国語できたよ!自分でも信じられないぐらい苦手な古文とか漢文の問題が解けたよ」
真由美が嬉しそうに笑う。
「それはお疲れ間、よく頑張ったね」
先生が口にする。
「北川先生のおかげだよ!先生が作った予想問題通りのものが出たもん」
「そっか。それを聞いて俺も安心したよ」
 先生が満足そうに笑う。私はそんな先生の横顔を見ながら、さっきの笑いの意味を考えていた。




 午後四時二十分から簿記の試験が始まる。
簿記は選択科目だったので、受験する人が少なかった。
同じ教室に坪寺の姿を見つけると、不快な気分になる。
彼女に会う度に先生の事をどう思うかと聞かれ、辟易していたが、それも今日までの付き合いだと思うと
ホッとする。受験する科目が簿記と地学しかない坪寺はほんの二十分前に千葉大に現れた。
うっとうしいぐらいに北川先生の周りをうろちょろしていて、私はそれを横目に自習室で簿記の教科書を眺めていた。
真由美によれば坪寺は心臓が悪かったので、高校には進学しなかったそうだ。だから彼女は十一科目全てに
合格しなければならず、それを三年かけて科目ごとに合格して来たらしい。私はその話を何となく聞いていた。
別に彼女の過去について興味はない。
「坪寺あれで結婚しているらしいよ」
真由美が口にした一言に私はエッと簿記の教科書から顔を上げた。
「物好きがいるもんだね」
真由美が茶化すように笑う。
いつか坪寺が北川先生の事を好きなのは心の中だけでいいと言っていた本当の意味がわかり苦笑した。



「お疲れ様」
簿記の解答が終わり廊下に出ると先に退出していた坪寺が立っていた。
Tシャツのハイビスカスのプリントが横に伸びて見える。
今日は今までで一番酷い格好をしていた。
太腿がくっきりと見えるホットパンツにはもう目を当てられない。
彼女は鏡というものを見ないのだろうか。
「お疲れ様です」
「簿記どうだった?」
坪寺が私の側に来る。
「えっ、まあ、出来たかなって所です」
「それは良かった。じゃあ、良かったら答え合わせしない?」
坪寺の提案に私は眉を微かに上げる。あまり彼女と一緒にはいたくない。
「ごめんなさい。この後真由美と一緒に明日の科目勉強するんです」
それは本当の事だ。現代社会を二人で勉強する事になっている。
「あっ、そう」
坪寺が不機嫌に答える。
「北川先生に見てもらえばいいんじゃないですか?まだいるはずですよ」
私の言葉に坪寺が更に不機嫌になる。その反応は思いも寄らなかった。
「北川君はもういいのよ。大検を乗り切る為に好きな人を作っただけだから。
私には愛する夫がいるから、これ以上ダーリンに対して後ろめたい思いしたくないの」
サラッとそんなセリフを言った坪寺に私はつい笑ってしまう。
「何?」
坪寺が鋭く見る。
「いえ、何でもないです。じゃあ、真由美が待ってるので」
私は笑いを納めると歩き出した。
「高木さん、知ってる?」
坪寺の言葉に立ち止まる。
「北川先生来月から静岡に転勤だって」
振り向くと坪寺が嫌らしい笑みを浮かべていた。




 大検二日目、今日も猛暑日になり昼を過ぎる頃には教室の中になんかいられない程暑かった。
三時間目の日本史の試験を受け、私の意識は朦朧としていた。
何とか気力を振り絞って解答用紙のマークシートは全部埋めた。
そこからがあまり記憶がない。
気づいたら私は北川先生におんぶされていた。
「すみません。急病人です」
先生は医務室のドアを開けると、そう言った。
医務室の中に入ると冷房の風がひんやりと頬を撫でる。
「突然倒れたんです」
「ここに寝かせて下さい」
白衣姿のおじさんが窓際のベッドを指す。
「あっ、高木さん、気づいていたの」
ベッドに私を降ろすと先生が見る。
「私、どうしたんですか?」
「日本史の試験から戻って来て倒れたんだよ」
試験が終わって先生の顔を見た所で記憶が途切れている。
「じゃあ、診察しますから」
お医者さんが私の脈と血圧を測り、聴診器でTシャツ越しに胸の音を聞く。
先生はベッド側で立ったまま心配そうに様子を見ていた。
「熱中症だね。水分を取って、ここで一時間休めば大丈夫でしょう」
お医者さんはそう言うと私にポカリスエットを出してくれた。
私はそれを一気に飲む。失われていた水分が体に戻り少しは楽になる。
その後はベッドで横になった。
「今年は特に暑いから多いんですよ。午前中に三人倒れましたよ」
医者の言葉に先生が曖昧に笑う。
「じゃあ、僕はちょっと席を外すから」
医者が医務室を出て行く。
先生と二人だけになった。
「良かった」
先生が私を見ると、ホッとしたように呟く。
「ご迷惑おかけしました」
ベッドから起き上がり、私は頭を下げる。
「横になってなよ」
先生に言われ、再びベッドに横になる。
「迷惑だなんて思ってないよ。俺は高木さんの担任だから」
先生が笑う。
「高木さん次は午後四時二十分からの現代社会だよね?」
先生が私の顔を覗き込む。私は頷いた。
「じゃあ、四時頃迎えに来るからそれまで休んでなよ」
先生が私に背を向けて出口の方に向かう。その後ろ姿を見て心細くなる。
「……行かないで」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
「えっ」
先生が振り向き、私を見る。
「世界が終わってしまうみたいな顔して、どうした?」
先生が微かに笑う。ベッドの側にあった背もたれのない丸い椅子に彼が腰を下ろす。
「自信がなくて。この半年一生懸命勉強したけど、さっき試験用紙を見たら
知らない問題が出て来て……」
私は不安だった。
「大丈夫だよ。高木さんが出来ないなら、みんな出来ないから。大検は平均点で合格点が決まるって話したでしょ?
高木さんは出来てる方だよ」
先生の言葉に追い詰められていた思いがなくなる。いつも先生は私を安心させてくれる。
「先生にそう言われると、ちょっと安心するな。あの、手を握ってもらってもいいですか?」
先生に触れたくてそんな事を口にした。先生が困ったように私を見る。
「ダメ?」
伺うように先生を見る。
「いや、ダメじゃないけど」
そう言って先生が私の手を握る。私より一回り大きくて日焼けした手だった。
ずっとこのままこの手に繋がれて生きていきたい。
「ねぇ、先生」
「うん?」
「9月から静岡に転勤って本当ですか?」
昨日から気になっていた事を私はようやく口にする事が出来た。
眼鏡越しの瞳が私をじっと見る。
「なんだ。みんなもう知ってるんだ」
先生が笑う。
「転勤の事聞かれたの高木さんで十人目だよ」
「じゃあ、本当なんですか?」
私は真っ直ぐに先生を見る。先生と視線が合う。
「……うん」
沈黙を置いて先生が頷く。
その瞬間、泣きそうになり、先生がいる方向とは反対側を向く。
窓にかかる白いブラインドが見えた。
「ありがとう。先生。一人でもう大丈夫です」
ブラインドの方を見ながら口にすると、先生の手を放した。
「四時まで寝てます」
体ごとブラインドの方を向く。
「じゃあ、迎えに来るから」
先生が椅子から立ち上がる気配がした。
カタンと戸が閉まる音がすると、私は先生がいた方を向く。
医務室に私だけになる。私は泣いた。
先生との別れが寂しくて、涙がこみ上げて来る。
もう先生とは会う事はないだろう。
私の片思いも大検が終われば終わる。
さようなら、先生。




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