――― 美 幸(みゆき) ―――
終章 美幸
私は今日で三十歳になった。今も図書館司書をしている。 「ママ、江ノ島まだ?」 隣に座る5歳の美幸が私を見る。幸ちゃんが望んだ丸顔の子だ。 私たちは江ノ電に乗っていた。 昨日から幸ちゃんの実家に二人で泊まっている。 ふと、幸ちゃんと江ノ島に行った事を思い出したのだ。 その話をすると、美幸が行きたいと言ったので、連れて来た。 川崎からは一時間もあれば行ける。 幸ちゃんと来たのは二十三歳の誕生日だった。 もう七年も前の事なのに、江ノ電に乗った時の事を昨日の事のように思い出した。 「ママ、何笑ってるの?」 美幸は昨日お母さんにもらったピンク色のワンピースを着ていた。 幸ちゃんのお父さんとお母さんは美幸の事を可愛がってくれる。 だから、年に数回私は美幸と川崎まで遊びに来ていた。 「パパと来たなって思い出したの」 私は二つに結わいた美幸の頭を撫でる。 「おばあちゃんが言ってたけど、美幸の名前はパパが付けたの?」 「うん。そうだよ」 美幸が満面の笑みを浮かべる。その頬には幸ちゃんと同じ笑窪があった。 「ねぇ、ママ、パパは先生してたんでしょ?怖い先生だった?」 「そうね。ママはよくパパに授業に出なさいって怒られたかな。 でもね。優しい先生だったよ」 「それでママはパパの事好きになったんでしょ」 得意気な顔をする美幸を見て笑ってしまう。 随分と生意気な事を言うようになった。さすが女の子だ。 「あっ、ママ、海だ」 美幸が窓の外に視線を向ける。 江ノ電は民家を通りぬけると、海岸沿いを走っていた。 江ノ島が見える。それは七年前とは変わらない景色だった。 幸ちゃんと江ノ島の参道を競争した事がふと胸に浮かぶ。 「美幸、江ノ島に着いたら競争しよう。美幸が勝ったらアイス買ってあげる」 「本当?」 「うん。本当。それから一緒に鐘を鳴らしに行こう。 素敵な高台があるんだよ。遠くまで海が見えてね。 ママはそこでパパに指輪をもらったんだよ」 「指輪ってママがいつも大事にしているの?」 「うん。そう」 「いいな。美幸もパパから指輪が欲しい」 「パパから貰わなくても、いつか美幸も素敵な人からもらえるよ」 「ママがパパに会ったみたいに?」 「うん。そうだよ。美幸もこれから出会う素敵な人に恋して、愛されるんだよ」 「ねぇ、ママ、いつもの聞かせて」 「いつもの?」 「ママがパパに会った時の話」 美幸が嬉しそうに微笑む。 その笑顔が幸ちゃんと重なる。 私は美幸をギュッと抱きしめた。 「ママ?」 美幸が不思議そうに私を見上げる。 「美幸、ママの所に生まれて来てくれてありがとう」 美幸がうんと大きく頷いた。 終 |