―――  三ヶ月の恋人 1  ――― 





 月影の元を離れ、大都芸能に所属する事になった北島マヤは胃が痛くなる想いを抱えていた。
 スタジオの隅で小さな体をこれ以上ない程丸め、パイプ椅子に座る姿は端から見たら消えそうだ。
どんな役に対しても、前のめりになり過ぎる情熱で猪突猛進に挑むマヤの気落ちした姿を、マネージャーの水城は初めて見る。
 無理もない。NGを百回出し、監督に「帰れ!」と怒鳴られたのだ。普通の16才の女の子だったら号泣している所だ。
 しかし、マヤは涙を飲み込んだ。それは役者としての意地だ。きっとギリギリの所で耐えているのだ。
水城は深いため息を一つ零す。 
 恋一つ知らない、純朴な高校生のマヤにとって、11才年上の男に恋する役は荷が重すぎたと認めるしかない。
しかも今日はキスシーンだ。経験のないマヤにとって感情に突き動かされキスをする事が理解出来ないだろう。
「マヤちゃん、落ち着いた?」
 腫れ物に触れるように声を掛ける。
マヤ一人のせいで、撮影時間はもう三時間押している。
スタジオ内にたちこめる重い空気は全てマヤのせいだ。という視線をさっきから水城は感じていた。
「マヤちゃん、行きましょう」
 水城は強引にマヤの腕を掴み立ち上がらせた。
これ以上空気を悪くしては次回の撮影に響く。
 すっかり影が薄くなったマヤを連れ、何とかスタジオを後にした。
 楽屋まで続く長い廊下を重たい足取りで歩きながらマヤが小さな声を落とす。
「ごめんなさい」
 語尾には涙の気配がある。堪えていた涙を瞳いっぱいに浮べていた。
そんな姿が痛々しい。マヤがこんなに沈んでいる姿を目にするのは初めてだ。
 「天の輝き」撮影中もいろいろと嫌がらせは受けていたが、こんなに落ち込む事はなかった。
「マヤちゃん、気にしないで。出来ない時だってあるわよ。人間なんだから」
 マヤが立ち止まる。
「……年上の男性に惹かれる香織の気持ちが全くわからなくなりました。最初はわかっていたつもりだったんです。
でも、監督に何度もNGを出されていく内に香織の本質をわかっていなかった事に気づきました。そしたら、どう演じたらいいのか全くわかなくなって……香織になれなかった」
 マヤの目から悔し涙がこぼれ落ちる。出来なかったという事がどれ程役者としての自尊心を傷つけた事だろう。
「監督の言った通り、私には自分の好きな人に愛された経験も、誰かを強く愛した経験もない」
「当たり前よ。マヤちゃんは高校二年生よ。まだ十六なのよ。そんな恋に出会っている子なんてほとんどいないわよ」
「でも、香織も高校生です。十一歳年上の浩也さんに本当の恋をするんです。
その気持ちを演じられなければ、この物語は破綻してしまう」
 マヤは大きく息を吐き出す。
「私、どうすればいいんだろう。ねぇ、水城さん、どうしたらいいの?」
 母親にすがるような目で、マヤが真っ直ぐに水城を見つめる。
 マネージャーとして何とかしてやりたい。しかし、十一歳年上の恋人など簡単に用意できるはずもない。
……いや、出来る!と、水城は自分の手を打った。
「あるわ。そうよ。この方法が一番いいかもしれない」
「どうしたんですか?」
「マヤちゃん、役を掴みたいなら恋をすればいいのよ。経験に勝るものはないわ」
「そんな事言われても。そんな人いませんよ」
「身近にいるじゃない。十一歳年上で、マヤちゃんにとって凄く大人に見える人」
 マヤの頭の中に速水の事が浮ぶ。すぐに頭を振り、速水の姿を追い出した。
 マヤの反応に水城は笑う。
「そんなに社長は嫌い?」
「大嫌いです。つきかげを潰した恨み忘れてませんから」
「でも、これしか方法ないと思うな。マヤちゃんの役は嫌いな相手を好きになっていくんでしょう?
十一歳年上の社長を恋人にすれば香織の気持ちがわかるようになるんじゃない」
「もう、やめて下さい!絶対に速水さんだけはお断り!」
 さっきまで泣きそうな顔をしていたマヤが凄い剣幕で水城を睨む。
泣かれるよりはマシかと水城は笑った。




 速水真澄は社長室で水城の話を聞いていた。
水城の整った眉の間に深い縦シワが刻まれる。事は思ったよりも深刻だ。
「このままだと降板もあり得るとプロデューサーに言われています」
「降板か」
 速水は撮影に入ったばかりの「サマーラブレター」の台本に目を落とす。
マヤはヒロインの高校生、香織役だ。
香織はシンガーソングライターになるという夢を持ち、
音楽の専門学校に行く為の学費を貯める目的で夏休みの間ファミレスでアルバイトをしている。
 そこに大企業の社長をしていた十一歳年上の男、浩也が客として現われる。
香織は浩也にコーヒーをかけてしまう。そこから二人の物語が広がっていく。
「ちびちゃんに近い役だと思うがな」
 台本から机の前に立つ水城に視線をやる。
「私もそう思います。最初の出会いのシーンは大丈夫だったんですが、
浩也と初めて想いが通じるシーンになると全く演技が出来なくて」
 速水は頬杖をつき、渋い顔で台本を眺める。
 浩也の所でお手伝いのアルバイトをしている香織はある日、パーティーに誘われる。
パーティー会場に行くと浩也の元婚約者に会い、香織が子供で全く浩也に相手にされていないという言葉に
傷つき香織は逃げ出す。
 逃げた香織を浩也が見つける。浩也に抱き締められ、二人はキスをする。
という所まで読んで速水は苦笑を浮かべた。
「キスシーンか。なるほどな。ちびちゃん経験なさそうだからな」
「キスしようとすると表情が強ばって、全く演技にならないんです」
「それでNG百回か」
「マヤちゃん、年上の男性との恋がわからないって悩んでいて」
「年上の男ね」
 速水は他人事のように呟き、コーヒーカップに手を伸ばした。
「このままではマヤちゃんは役を降ろされてしまいます。
真澄様、どうかマヤちゃんに年上の男性との恋を教えてあげて下さい」
次の瞬間、口に含んだコーヒーに速水が咽る。
「だ、大丈夫ですか」
苦しそうに咳きをする速水の背中を水城がさする。
「ごほっ、ごほっ、き、君が変な事を言うから……」
はぁーと大きく息を吸うと何とか落ち着く。涙目で速水は水城を睨む。
「仕事の為なら何でもする社長ですから、適役だと思いまして。それにこの浩也という男、真澄様に似ていると思うんです」
「ちびちゃん相手に恋だなんて冗談じゃない。俺は大人の女性が好きなんだ。それにあの子だって俺じゃ嫌だろう」
「えぇ、絶対に速水さんだけはお断りって言っていました」
その言葉に何だか速水は寂しくなる。
「そうだろうな」
「でも、このままじゃ、他の仕事にも影響が出始めています。
今日のCM撮影は昨日の失敗を引きずっていて、ボロボロでした」
「わかった。じゃあ、ちびちゃんを呼べ。社長の俺が直々に説教をしてやる。気合が足りないんだ」
バンと速水は机を叩く。
「社長、それは逆効果ですわ。今のマヤちゃんに必要なのは優しい励ましの言葉です。例えば紫の薔薇の人からのとか」
意味深に水城が速水を見る。速水はゴホンと咳払いをすると、水城から目を逸らす。
「そんな事俺に言われても困る。水城君、悪いが次の予定が入っているんだ」
「そうですか。わかりました。失礼します」
不機嫌に言うと、水城は社長室を出て行く。
一人残された速水は台本に目をやり、更に深いため息をついた。




 沈んだ足でマンションに帰って来ると、マヤは管理人のおじさんに呼びとめられる。
「届いていましたよ」とおじさんが差し出したのは紫の薔薇の花束だった。
 マヤの顔がパァっと輝き出す。差出人はどこの誰かわからないが、初めて舞台に立った日から
届くようになった。高校にも通わせてもらい、マヤにとっては大事な足長おじさんだ。
「良かったわね。マヤちゃん」
 マヤをマンションまで送って来た水城が隣に立つマヤを見る。
「嬉しい」
 マヤは花束を受け取るとメッセージカードを開いた。
『映画楽しみにしています』の文字に途端にマヤの表情が暗くなる。
「どうしたの?」
 水城は驚いてマヤを見る。
「私全然演じられないのに、紫の薔薇の人も映画期待してくれてるなって思って」
「マヤちゃん……」
「ごめんなさい。水城さんにも心配かけて」
「マヤちゃんそんなにすまなそうにしないで。大丈夫。香織の気持ちがわかれば演じられるようになるから。
今は役を掴む途中なのよ」
「月影先生に会いたいな」
 月影には会いに来るなと言われていた。劇団の仲間とも今は疎遠になっている。
マヤは孤独を感じていた。こんな時相談出来る相手が今は身近にいない。
自分で役を掴むしかないのだ。それはわかっている。けれど、知らない海に投げ出され不安で押し潰されそうだ。
劇団の仲間を心底恋しく思う。
「さぁ、早くドレスに着替えてパーティーに行きましょう」
 今夜は演劇関係者が集まるパーティーがあった。




 銀座の街並みをマヤは車の後部座席から眺めていた。
午後6時を過ぎても外は明るい。「日が延びたわねぇ」と水城が呟いたのを聞いて、
マヤは夏が来たんだと思う。夏という単語から「サマーラブレター」が浮び、またマヤは沈む。
 どうして演技が出来ないのか自分でもわからない。
浩也に恋する香織の気持ちがわからない。
 ファミレスで浩也に出会い、上着にコーヒーをかけてしまい、香織は必死に謝る。
香織は浩也から上着を預かり、クリーニングさせてもらう。後日浩也のマンションまで上着を届けに行くと婚約者と会う。
 別れ話をしている所だった。愛情がなくなったからと婚約者を切り捨てた浩也が許せなくて香織は本気で腹を立て、
感情をぶつける。
そして、浩也の寂しそうな瞳に香織は恋をする。
 あんなに許せないと思っていた男にどうして香織は惹かれてしまうのか、マヤにはわからない。
11も年上の男性をそんな風に思う感情が今一つピンと来ない。
「ついたわよ」の声にマヤはハッとする。
 車はホテルの地下駐車場に停まった所だ。ピンク色のドレス姿のマヤは車から降り、水城の後ろを歩いた。
 パーティー会場までの道のりを一般のお客さんとすれ違うと、「沙都子だ」という声が聞える。
知らない人が自分の事を知っている感覚は中々慣れない。
親しげに呼ばれ、握手を求められ、マヤは曖昧な笑みを浮かべていた。
 会場に入ると演出家の小野寺や、演劇協会の理事などがいた。
水城に促され、マヤはぎこちない笑顔を浮べて挨拶に行く。輪の中に姫川歌子と亜弓の顔を見つけて少しホッとする。
「奇跡の人」で共演したのは一ヶ月前の事なのに、何年も前の事のように感じられた。
今の毎日がマヤにとっては目まぐるしいスピードだ。テレビ局と、映画の撮影所と、学校を行ったりきたりする生活。
舞台が懐かしい。カメラの前で演技するよりも、観客の前での演技の方が好きだった。
「マヤちゃん、大丈夫?」と歌子がマヤをうかがう。一言も話していないマヤを気遣ってだ。
「北島君、中野監督から聞いたよ。NG100回だってね。君でもそんな事があるんだな。
いやー、映画の完成が楽しみだ。ヒロイン役下ろされないように頑張りたまえ」と、小野寺が笑う。
 今一番触れて欲しくない話題だ。
「あのっ、失礼します」
 いたたまれず、マヤは輪から離れる。気を抜いたら泣きそうだ。
「マヤさん」
 背中に声がかかる。振り向くと亜弓も輪から外れ、マヤの側に立っていた。
「これぐらいの事で潰れないで。私はあなたに勝って紅天女を手に入れるつもりよ。
だから、どんな事があってもそれまでは潰れないで」
 亜弓の真っ直ぐな視線が今は痛い。役者としていつも亜弓はブレない。
マヤよりも沢山のものを持っている。亜弓の才能に比べたらマヤなんて道端に落ちている石コロだ。
どうしてこんな人と紅天女を競わなければならないのか。月影を少し恨めしく思う。
 マヤは何も言い返せずに、走り出した。これ以上亜弓といるのが辛かった。
「おっと、危ないな」
 ドンと誰かとぶつかる。
「ごめんなさい」と顔を上げると憎たらしい男の顔があった。
速水真澄だ。マヤは心の中でゲッと舌打ちする。今はマヤが所属する大都芸能の社長だ。
芸能界では挨拶が大事だと一度速水に怒られた。
「速水社長、これはどうも、こんにちは」
 棒読みの挨拶を何とかすると、ぷっと笑われる。いつも人をバカにしたように笑うのだ。
そういう所が大嫌いだ。
「ちびちゃん、君は舞台をおりると本当に大根役者だな。こんなに心がこもっていない
挨拶をもらえて面白いよ」
「速水社長に楽しんでもらえて光栄です」
無表情なままマヤが言うと更に可笑しそうに速水が笑う。
マヤは益々ムッとする。本当に本当に本当に本当にムカつく!
「ところで、水城君から聞いたぞ。NG100回とは見事だ。NG大賞にでも出てたらどうだね」
一番痛い所をつかれ、マヤは青ざめる。
悔しい。速水真澄に言い返せない。唇を引き結びマヤは俯いた。
「どうした?悔しいのか?」
心の中を見透かす言葉にマヤは唇を強く噛んだ。
「悔しかったら、俺を見返してみろ。まぁ、このまま君が降板されなければの話だがな」
 いつもだったら、その言葉にあおられ、食って掛かるマヤだったが、何も言えない。
11才年上の男に恋する気持ちがわからない事を速水にだけは言いたくなかった。
演じられない自分が惨めで、泣きたい。
「……ちびちゃん?」
 速水がマヤの顔を覗き込む。今にも泣きそうな顔をしていた。
「真澄さん、踊りましょう」
 隣りにいた赤いドレスの美女が、速水の腕を取る。
速水は美女に腕を引かれながらマヤの前を立ち去った。
 マヤは二人がいなくなると顔を上げた。フロアの中央に速水と女の姿を確認する。
他のカップルと共に楽団の演奏に合わせてワルツを踊り始めた。
ピタリと寄り添うように踊る姿にマヤは胃がムカムカとして来た。
マヤがどんなに頑張ったってあんな風には踊れない。
「素敵ね。お似合いのカップルだわ」という周囲の声がした。確かに憎らしい程絵になる二人だ。
あの女性は速水の恋人だろうかと考え始め、ハッとする。
そんな事どうでもいい。速水が誰と付き合おうと自分には関係のない事だ。
そう思うのに、胸の中がもやもやとした気持ちでいっぱいになる。
 速水のエスコートに女性は幸せそうな笑みを浮かべていた。顔を寄せ合い何かを話しているようにも見える。
女性の言葉に速水が笑う。マヤに向けるのとは違う整った笑顔。
大人の男性の顔をしていた。そんな表情マヤの前ではした事がなかった。
胸が妬ける。これ以上は見てられないと、マヤは会場を出た。



「社長、マヤちゃん知りませんか?」
 水城に声を掛けられ、速水は談笑の輪から抜ける。
「さっき壁際に立っていたのを見たが。いないのか?」
「えぇ、どこにもいないんです。落ち込んでいたから心配で」
 泣きそうなマヤの顔を思い出した。今夜のマヤはいつもと様子が違った。
速水なりにマヤを元気づけようとしたが、逆に追い込んでしまったんじゃないかと、
ずっと気になっていた。
「わかった。俺も探そう」
 速水は会場を出てエレベーターの方に歩いた。とりあえず一階のロビーを見に行こうと思う。
どこかの悪徳プロダクションの勧誘にでもあっていないかと心配になる。
全く手がかかる子だと思いながら、エレベーターが来るのを待っていると、扉が開いた。
 速水は息を飲む。マヤが乗っていた。
「どこに行ってたんだ!」
 彼女の顔を見るなり怒鳴っていた。マヤが涙ぐむ。
思いがけない反応に速水は背中に冷や汗をかく。
いつもだったらこれぐらいで泣く子じゃない。一体どうしたというのだ。
「私、私……えーん」とマヤは泣きじゃくる。
「おっ、おい」
 困り果てた速水はマヤの腕を掴み再びエレベーターに乗せた。
先ほど連れの女から気が向いたら来てと部屋の鍵をもらっていた。
行く気はなかったが、今は人目につかない場所に避難する必要があった。
十七階のボタンを押すとエレベーターは動き出した。


 
 1711号室の前まで来るとインターフォンを鳴らす。返事はなかった。
女がまだ来ていない事を知ると、速水は部屋の鍵を開け、マヤを連れて入る。
 ダブルベッドとソファにテーブルが置かれていた。
マヤをソファに座らせ、向かい合う位置に速水も腰を下ろした。
 まだマヤはしくしくと泣いていた。こんな時何て声をかけたらいいのかわからない。
 上着のポケットをさぐり、煙草を取り出すと一本吸った。沈黙をつなぐには煙草しかない。
煙を肺の奥まで吸い込むと、少し速水も落ち着いて来る。
 十六歳の小娘になんて様だと思う。マヤに本気で泣かれてしまうとどうしたらいいのかわからない。
初めてマヤの舞台を観た日、ファンになった。だからマヤには弱い。
嫌われていても、ずっとマヤを応援していたいと思う。
「何か飲むか?」
 テーブルに置かれたお茶のTパックに速水は目を向ける。
マヤは小さく首を振る。速水はため息つき、自分の分だけドリップ式のコーヒーを淹れた。
「それで、どうしたんだ」
 コーヒーカップを自分の前に置くと速水はマヤに声をかける。
「……できないんです」
 涙に震える声でマヤが呟く。
「どうしても香織を演じられない。香織の心がわからない。ずっと年上の男の人に恋する気持ちを
考えていたけど、わからなくて。紫の薔薇の人も映画を楽しみにしてくれているのに、私、失望させる演技しか出来ない」
「紫の薔薇の人?」
「今日マンションの方に花束を頂いたんです」
「あっ」と速水は小さく声を上げる。何か励ましの言葉を贈ってあげて欲しいと言われ、手配をしていた。
しかし、それが更にマヤを追い詰める事になったとは思わなかった。
「私、どうしよう。紫の薔薇の人に申し訳なくて」
 肩を落としたマヤがいつもよりも華奢に見えた。
何とかしてあげたい。悩んでいるマヤを見るといてもたってもいられなくなる。
マヤを愛しているのだといつか水城に言われた事がある。
 紫の薔薇の人として別荘でマヤに会った時、目隠しをしたマヤに抱き締められた。
その時、速水は心が揺さぶられ、強くマヤを抱き締めていた。
自分の中にあるマヤへの感情をあの日から考えないようして来た。
 もし、マヤと恋人になったら、速水は閉じこめていた気持ちを見なければならない。
自分の中にある人間くさい気持ちを認めてしまったら、どうなってしまうのか。
「私、女優として失格ですよね。演技出来ないなんて」
 マヤが顔を上げる。真っ赤に泣き腫らした目が胸を掴む。
どれだけ今回の事で思いつめていたのか。いつも演じる事に対して一生懸命なマヤにとって
演じられない事は苦しみでしかないだろう。
その苦しみを取り除いてやる事が自分に出来るだろうか。
 速水はコーヒーを口にする。苦味が胸まで広がった。
マヤとの恋はおそらくこれ以上に苦いものになるだろう。撮影期間の三ヶ月だけの恋人。
終われば元の憎まれる存在に戻る。もしかしたら、今以上に憎まれる事になるかもしれない。
それでも、マヤが役を掴む為なら、自分がどうなろうと、手を伸ばすべきだ。
そんな想いでいっぱいになる。
「ちびちゃん」と小さく速水は呼びかける。
「11才年上の男と恋をしてみるか?」
「えっ」
マヤは速水の言っている意味がわからないという顔をする。
「つまり、俺を恋人にするって事だ」
マヤが大きく目を見開く。驚きで声が出ない。
 速水は優しく笑い、マヤの隣りに座るとマヤをそっと抱き締めた。
マヤの肩が緊張で硬くなる。
「紫の薔薇の人に映画を観てもらいたいんだろ?」
 マヤがコクリと肯く。
「じゃあ、決まりだな」と速水はマヤの頬にキスをした。
「映画の撮影が終わるまで、俺たちは恋人だ」




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【後書き】
久しぶりにガラスの仮面を読んでまた何か書きたいと思いつつも、ネタがない(笑)
という訳で今回は既に出ている作品を一から書き直してみました。
10年経って少しはマシになったかな(苦笑)
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

2014.7.29
Cat




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