―――  美  幸(みゆき)  ――― 


ニ章

1 三年越しの恋





 北川先生が静岡に転勤になって三年が過ぎる。私は二十一歳になっていた。
大検を取った後は順調に短大に合格する事ができた。そして図書館司書の資格を取り、
念願の図書館勤務となるかと思ったが、図書館はあまり求人がなくて、競争率も高かった。
何回か受けてみたが見事に全て落ちて、今は千葉駅近くの従業員数二十名の小さな会社で
事務のアルバイトをしている。時給は1000円で、大抵パソコンの前で午前9時から午後6時まで
過ごしていた。真由美からまた千葉に先生が戻って来ると聞いた。それで今夜久しぶりにみんなで
集まって先生を肴に飲み会を開く事になっている。朝から私は浮き足立ってしかたない。
いつもよりも念入りにメイクをして、服を選んで終業時刻を待った。
そんな時、吉岡専務が私を引き止めた。
「高木さん、残業頼める?」
残業の一言に私は顔色を変える。
「ダメ?」
専務が黙ったままの私をじっと見る。
オールバックの髪型には白髪がちらほら見える。専務は五十歳になる。
「大丈夫ですよ」
本当は断りたかったけど、今日はクリスマスイブだったからみんな定時でサッサと帰って
しまった。私もそうする予定だったけど、直前に宅急便屋さんに捕まり、荷物の受け取りをしていたら
出遅れたという訳だ。だから会社に残っていたのは私と専務だけで、断れるはずがない。
「助かるよ!ありがとう。じゃあ、このデータパソコンに入力して欲しいんだ」
そう言い専務が広辞苑よりも分厚いファイルを一冊私に渡す。
私は眉を潜めた。
「僕はちょっと、今からお客さんの所に行くよ。午後8時ぐらいには帰って来るから、
それまでにやっておいてくれればいいよ」
そう言うと専務はコートを羽織って行ってしまった。
「午後8時って……」
飲み会の始まる時間は午後8時からだ。
もう完全に飲み会は遅刻だ。仕方ない。真由美にメールを入れておこう。
 それから私は一人のオフィスで資料片手にパソコンに向かった。
パソコンはブラインドタッチできる程だったので、文字にする作業はスムーズに出来た。
表計算ソフトを開くとファイルに記載されている数値を入力した。パソコンに起こして欲しい部分には
赤い付箋が貼られている。ファイルを丸一冊やるのかと思っていたので、ホッとした。
ページ数にするとおよそ二十ページぐらいだ。集中してやれば二時間ぐらいで終わる。
 午後8時半になり専務から電話が掛かって来た。資料の必要な範囲が増えたのだ。
それは私にとって悪夢のような一言だ。
「ごめんね。僕もまだ帰れないんだ。午後9時ぐらいになったら帰れると思うから、それまで頼むよ」
私の返事も聞かないうちに専務が電話を切る。
さすがに帰らせてもらおうと思っていたので、それは酷すぎる。
 真由美から十分前にメールを貰っていた。
もう飲み会は始まっていて、私以外は全員そろったそうだ。
私はため息をつくと、真由美にメールする。

ごめん。まだ残業終わらない(涙)

本当に泣きたい気持ちだった。しかし、社会人として仕事を放り出す訳にもいかず、
私は追加された百ページ分の資料と向き合った。
 
 午後十一時半。やっと仕事から解放された。
まゆみからはもう飲み会は終わったとメールが届いていた。
結局私は北川先生に会えなかった。外に出ると冷たい風が頬にあたる。
今日はこの間買ったばかりのAラインの白いコートを着ていた。飲み会があると聞いたから
用意したものだ。コートの下のニットのワンピースだってそうだ。いつもより明るめのルージュだって
今日の日を楽しみに買い揃えたのに……。
「高木さん、本当に助かったよ。ありがとう」
私の隣を専務が歩く。小柄な専務は私とだいたい同じぐらいの身長だ。
昔はもう少し高かったと言うが、その話を専務が本気でする度に周りの社員からは失笑しか
出て来ない。お詫びにこれからご飯でも奢ってくれると言っていたが、終電を逃したくなかったので
断った。
「当然の仕事をしたまでですから」
私は無表情に話す。
「本当にご飯食べて行かなくて大丈夫?」
心配するように専務が私を見る。
確かにお腹はすいていたが、食べる気分ではない。
「終電逃したくありませんから」
「タクシーで送るよ」
「いえ、いいです」
今は早く帰って一人になりたかった。
「高木さん、怒ってる?」
「別に怒ってませんよ」
本当は怒っていたけど、私は笑顔を浮かべた。
「そうか。それなら良かった。今度必ず埋め合わせはするから、じゃあお疲れ様」
千葉駅の改札を通ると、専務は成田線方面に歩いて行った。
私は総武線がある1、2番線に向かう。
お腹がすいていたので、階段を上る足が重たく感じる。やっぱり何か食べさせてもらえば
良かったかなと、少しだけ思う。ホームに上がると、今日はクリスマスイブだと感じた。
どこもかしこもカップルだらけなのだ。この年まで彼氏のいない私には辛い光景だ。
来年こそはクリスマスまでに彼氏を作ると思って、何年が経つだろう。
「お疲れ様」
ホームに立っていると後ろから肩をポンと叩かれる。
どこかの酔っ払いか何かだと思って私は不快に相手を振り向く。
「あっ」
相手の顔を見た時、眉間の間に作った縦の皺が消える。
「北川先生」
まさかの、まさかの、まさかの……北川先生だった。
目の前が急にパッと明るくなった気がした。
「高木さん、久しぶりだね」
三年前と変わらないえくぼの見える可愛い笑顔を先生が作る。
その瞬間、胸がドキンと高鳴った。
「どうしてここに?」
呆然と目の前の先生を見つめる。私は大検が終わってから先生とは会っていない。
「以前住んでいた新検見川のアパートが空いていたから、またそこに住んでいるんだよ。
真由美ちゃんから高木さんが今も稲毛だって聞いたから、
もしかして会えるかなと思ったんだ。
それに、少し酔いも覚まして帰りたかったからね」
私は食い入るように先生の顔を観察していた。三年前より少し痩せた気がする。
眼鏡も黒縁のメタルフレームの物に変わっていた。
前髪がちょっと短い。切り立てだろうか。
「何?」
先生が私の視線に気づく。
「えっ、いえ。何でもないです」
そう言ったタイミングで私のお腹がぐーっと鳴った。
先生が目を見開く。
私は恥ずかしくて俯いた。
「夕飯まだなの?」
先生の問いに頷く。
「何か食べに行く?」
先生の言葉に私は顔を上げた。
「良かったら付き合うよ。この時間に女性一人でお店入るのも無用心だろうし」
「あっ、はい。お願いします」
思わぬ展開に私の胸は鼓動を早めた。




 先生とは稲毛駅で一緒に降りた。最初はファミレスにしようかと思ったけど、
明日は休みだし、今夜はお酒を飲むつもりだったので居酒屋を希望した。
「ここはどうです?」
駅から徒歩5分圏内にある居酒屋の前で立ち止まった。
地下一階に朝四時までやっている店がある。一度真由美たちとも来た事がある所だった。
「いいよ」
先生が笑顔を浮かべる。
私は空の上を歩いているみたいにふわふわとしている気持ちだった。
「いらっしゃいませ」
先生と降りて行くと店員さんに出迎えられる。
靴箱にブーツを折りたたんでしまうと、喫煙席に案内してもらった。
私はもう煙草は吸わないけど、先生が吸うと思ったからだ。
席は個室になっていた。テーブルを挟んで彼と向かい合う。
「先生、コート掛けます?」
ハンガーが私の方にあったので聞いた。彼が私をまじまじと見る。
「あぁ。ありがとう」
少しの間を置いて先生がコートを脱ぐ。コートの下はチャコールグレイのスーツ姿で、
中は白いワイシャツに紺色のストライプ柄のネクタイを合わせている。
相変わらず体のラインが綺麗で、スーツが似会う体型だ。
彼の紺色のコートを受け取ると、微かな煙草とコロンの匂いが鼻を掠める。
何だかキュンとした。
「ワンピース可愛いね」
コートを脱ぐと先生が口にする。
私はベージュの少し胸の開いたワンピースを着ていた。
私にしてはかなり頑張っている方だ。
「えっ、ありがとうございます」
不意に言われ、顔が熱くなる。
先生に赤くなった顔を見られないようにメニューで顔を隠した。
「何にしようかな」
メニューを見ながら、ちらりと先生の方を見ると、欠伸をしていた。
そんな気の抜けた表情を見ても、胸がいっぱいになってしまう。
凄くお腹が空いていたのに、食べなくてもいいぐらい心が満足していた。
「先生、何か食べたい物ありますか?」
「うーん。そうだな。さっき食べちゃったから、そんなにお腹は空いてないんだけど」
「じゃあ、ざる豆腐はどうです?」
「あぁ。それぐらいなら入るかな」
「飲み物はどうします?」
「うーん、じゃあ、ウーロンハイで」
先生の言葉を聞くとテーブルの上のボタンを押す。
すぐに店員さんが現れる。さっき案内してくれた男の人だ。
「ウーロンハイとカシスオレンジと、ざる豆腐におにぎりのセットでお願いします」
「はい、かしこまりました」
店員さんが戸を閉めて出て行く。
メニューを置いて私は先生と向き合った。
何だか照れくさくて笑ってしまう。それは先生も同じだったみたいで、お互いに曖昧な笑みを浮かべ
ていた。
「何かすっかり見違えちゃったね。俺が知っていた高木さんは赤ジャージ姿だったからな」
ボソリと口にした先生の言葉に恥ずかしくなる。
「もう、やめて下さい。自分でもあれはなかった事にしたいんですから」
よく毎日あんな格好で千葉の繁華街を歩いていたと思う。
どう見てもヤンキーにしか見えなかった。
「髪の色、黒にしたんだ」
先生が観察するように肩まで長さがある私の髪を見る。
いつもは一本に縛っていたけど、今夜は下ろしていた。
「はい。大検の受験が終わってから元に戻しました。
もう私に突っ張る理由はなくなったので」
予備校生の時の私は金髪に近い茶髪だった。
「あの茶髪は反骨精神の表れだったんだ」
「母に対して反発したかったんです。いつも強引に母に決められて来たから、せめてその中で
精一杯抵抗してやろうって思ったんです。でも、母は私が赤ジャージを着ようが、髪を染めようが
関係ないみたいに私を無視しました」
母は私が何をしようと全然変わらない。
いつも「ほら、私の言った通りにして良かったでしょ」と、言われる。
それが悔しかったけど、今北川先生の目の前にいる自分を思うと認めるしかない。
「失礼します」
店員さんが個室の戸を開ける。
「ウーロンハイです。カシスオレンジです。お通しになります」
手早く注文したものを店員さんがこげ茶色のテーブルに置いて行く。
「とりあえず、再会を祝して乾杯しよっか」
店員さんが行った後、先生が言う。
「はい。えーと、お帰りさなさい」
私はカシスオレンジを持つと先生のグラスと合わせた。
「ただいま」
先生が答える。その言葉を聞いてほんわかとした気持ちになった。
思わず笑顔になる。
「高木さんはよく笑うようになったね」
先生が私を見る。
「えっ、そうですか」
「うん。だから僕も笑顔になるよ」
先生が笑顔を浮かべる。
「私、先生の笑った顔好きです」
「僕も高木さんの笑顔好きだよ」
先生が口にした好き≠ニいう言葉にドキッとした。
「先生、静岡はどうでした?」
動揺を隠すように私は話題を振る。
「いい所だったよ。毎日富士山見てた。向こうの子は純粋で可愛かったな」
「千葉よりも可愛い子いました?」
「それはどういう意味で可愛い子なの?」
先生がウーロンハイを口にする。
「えっ、だから」
私は考えるようにカシスオレンジを見た。
「だから?」
「可愛い子です。先生が個人的に補習してあげたくなっちゃうような子です」
そこまで口にしてみて急に恥ずかしくなった。まるで自分の事を言っているみたいだ。
先生の顔を見られなくなる。私は動揺を隠すようにお通しのほうれん草の胡麻和えを口にした。
先生の笑い声が聞こえる。
「補習か。そういえば高木さんと簿記勉強したな」
懐かしむように先生が呟く。
「エレベーターに閉じ込められた時はどうしようかと思ったよ」
ちらりと先生の方を見ると、ウーロンハイを口にしていた。
「えっ、あの時先生全然平気だったじゃないですか」
「まさか。平気な訳ないだろう。そう見えただけだよ。
高木さんの手前先生としてカッコつけたんだ。
こう見えて俺、小心者なんだから」
意外な言葉に私は笑う。
「全然見えませんよ」
私の言葉に先生が苦笑する。
「あっ、そういえば、柳田先生との事まだ聞かせてもらっていませんよ」
先生と話していると段々当時の記憶が蘇ってくる。
大検の日柳田先生と付き合っているのかと聞いたら、
先生に笑われたのだ。私はまだその笑いの理由を知らない。
「えっ、柳田先生?」
先生が眉を上げる。
「あぁ。去年結婚したんだよ」
「結婚したんですか?」
「うん」
先生がハッキリと頷く。三年に及ぶ私の恋がここで終りを告げた。
私は目の前のカシスを一気に飲む。
「失礼します」
私たちの間に店員さんの声が入る。
「ざる豆腐とおにぎりセットになります」
「梅酒下さい」
私は空のグラスを店員さんに渡すと、お代わりした。
「はい。梅酒一つ。他にはよろしいですか?」
店員さんが先生を見る。先生のグラスにはまだ半分ウーロンハイが残っていた。
「まだ大丈夫です」
先生が答えると店員さんが下がる。
再び私たちは二人きりになった。
「わぁ、美味しそう」
私は気持ちを誤魔化すように大げさに言った。
「先生、取り分けてあげます」
小皿に私は品よく豆腐を分けた。会社の飲み会とかでこういう事は慣れている。
「ありがとう」
先生の前に置くと彼がそう言った。
ショックが大きくてまだ彼の方を直視できない。気を抜くと泣いてしまいそうだ。
「あっ、おにぎりもどうです?、えっと、鮭と、昆布と、いくらです」
「おにぎりはちょっと重たいかな」
「そうですか」
それから私は梅酒、ハイボール、赤ワイン一本と立て続けに飲んだ。
もうお酒で全部忘れてしまいたい。
「高木さん、飲みすぎじゃないの?」
目の前の先生が心配そうに私を見る。いつも先生は優しい。
結婚していると知っていてもやっぱり好きだ。
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。今日はクリスマスイブですよ」
私は陽気に答える。アルコールのおかげで明るく振舞えた。
「それに、先生に久しぶりに会えて嬉しいんです。だって、三年ですよ。
三年も間があったんですよ」
「そうだね。俺も三年ぶりに高木さんに会えて嬉しいよ」
先生が優しく笑いかける。えくぼの見える笑顔は私を時めかせる。
どうして三年前の私は好きだって言わなかったんだろう。
先生が結婚する前にせめて気持ちを伝えておけば良かった。
今は絶対言えない。
「そろそろ帰ろうか」
先生の言葉に寂しくなる。もう先生とこうして二人で会う事はない。
でも、今はまだ一緒にいたい。三年も会えなかったのだ。
もう少し夢を見させてくれたっていいじゃないか。
「先生、カラオケ行こう!ねぇ、せっかくだから朝まで遊んじゃいましょうよ」
先生を引きとめたくて、そんな事を口にする。
「今から?」
「うん。どうせ先生電車ないでしょ。始発まで遊ぼうよ」
午前3時だった。
先生がうーんと唸る。
「それとも私と二人きりは嫌ですか?」
私は真っ直ぐに先生を見つめる。先生が笑う。
「ズルイな。そんな事言われたら付き合わない訳いかないじゃないか」

 それから私たちは同じビルの4階にあるカラオケ屋に移動した。
午前六時までのフリータイムで入る。
私は完全に酔っ払いになっていた。
よろよろと壁にぶつかりながら歩く私を先生が支えてくれる。
私はそれが可笑しくていつも以上に笑っていた。
「本当に大丈夫?」
カラオケルームにたどり着つくと先生が心配そうに見る。
「大丈夫ですよ」
私はケラケラと笑う。コートを脱いで壁のハンガーに掛けた。
テーブルを挟んだ向かい合わせに二人掛けのソファが置かれ、
その前には大きなモニターが一つある。
天井に吊るされたスピーカーからは配信されたばかりの新曲が薄くかかっていた。
入り口側のソファに私たちは隣あって座る。肩と肩が触れそうな距離だった。
「さぁ、歌いますよ」
私はノリノリのJポップを入れた。もう酔っているので恥ずかしさはない。
マイクを手に歌い始めると、エコーのかかった声が部屋に響く。
先生はウーロン茶を飲みながら、画面の方を見ていた。
「綺麗な声だね」
歌が終わると、先生が言う。
「声だけは綺麗って言うんでしょ」
「そんな事ないよ。高木さんは綺麗な女性だよ」
お世辞でもそう言ってもらえて嬉しかった。
「さぁ、先生も何か入れてよ」
「そうだな。じゃあ、これにしようかな」
リモコンを手に持つと先生が番号を入れる。そして、音楽が流れる。
カラオケの画面には懐かしのヒーローが映っていた。
意外なチョイスに私は笑う。
先生が楽しそうにヒーローの歌を歌う。マイクを通した声はいつもより高くなる。
その声に私はまた先生の事が好きになった。
手の届かない既婚者をこんなに好きになって、私は一体何をしているんだろう。
急に辛くなる。胸が苦しくなる。
隣で歌う先生の横顔を見れば見るほど、好きになる。
「高木さん?」
歌い終わると、俯いたままの私を先生が見る。
「どうしたの?」
何も言わない私を先生が心配する。
「すみません。トイレ行って来ます」
私はその場から逃げるように席を立った。


 トイレに行くと洗面台の鏡を見た。
情けない事にもう泣いていた。涙でマスカラが落ちてパンダみたいだ。
「何やっているんだろう。私」
化粧ポーチからメイク落としを取り出し、化粧を落とした。
素顔の私が弱く見える。
蛇口の前に手をかざすと水が流れた。私は両手で水をすくい勢いよく顔にかける。
流れる涙を何度も洗い流すけど、止まらない。
報われない恋に涙する自分が惨めに思えた。
とにかくこんな顔じゃもう先生の前に戻れない。
私は受付に自分の代金を置くとカラオケ屋を後にした。
先生には何も言わなかった。
これで先生に会うのは最後だ。お互いに連絡先も聞かなかった。
午前四時半になっていた。外に出ると冷気が体を刺す。
買ったばかりのコートを部屋に置いて来た。
取り行けば先生に会ってしまうから今は諦めるしかない。
後日カラオケ屋に取り行けばきっと大丈夫だろう。
アルコールで温まっていた体もすっかり冷え切る。
とにかく、駅前でタクシーを早く拾いたい。
「高木さん」
ビルの前から歩き出そうとした時、声がかかる。
振り向くと先生がいた。
「勝手に帰るなよ。心配するじゃないか」
眼鏡の奥の瞳が尖る。予備校生の時を思い出した。
授業をさぼる私をよく先生が連れ戻した。
「まったくコートまで置いて」
先生が私に近寄るとくるむようにコートを掛けてくれる。
たったそれだけの事なのにまた泣きそうになる。
どうしてこの人の事がこんなに好きなんだろう。
「高木……さん?」
先生が怪訝そうに私を見る。
「先生、好きです」
心のタガが外れる。もう私は自分の気持ちを口にせずにはいられなかった。
眼鏡越しの瞳が大きく見開く。先生がじっと私を見つめる。
その瞳は困っているように見えた。
「ごめんなさい。変な事言いました。忘れて下さい」



次へ | メニュー






本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース