優しい月に流れ星―Act.3 報い―

AUTHOR たまニャン



Act.3    報い

(最悪だ)

バンダナで後ろ手に拘束され、白いワゴン車に乗せられた真澄は、そう思った。
鈍く光る銃口が、自分を標的にしている。
今までも、敵は何人もいた。仕事上恨みを買う事もあったし、賊に襲われたこともナイフを向けられたこともある。
誘拐に至っては、これが二度目だ。
しかし、これだけあからさまに生命の危険を感じたことは、無い。

これは、報いなのだろうか。
死んでしまった、マヤの母親。
仕事上見捨てた人達。傷付け別れた紫織。
自分だけ幸せになるなど赦さない、ということか。

(それにしても、こいつら・・・)

男達が乱入してきた時、周りには日本人の撮影スタッフと出演者、地元の劇団関係者そして子供たちがいた。

武装した男が3人。突入してくると同時に、ひとりの男が銃を乱射、出演者に銃口を向けている間に、残りの二人はスタッフ達からカメラ、マイクなどの機材を奪い取った。

真澄は両手を挙げ、連れの社員と並び、子供たちの盾になる様に立っていた。
男達はものの3分もかからず全ての機材を手に入れると、そのまま立ち去るかと思われた。

その時銃を構えていた男と目が合ってしまった。

男は銃を真澄に向けるとツカツカと近寄り、おもむろにスーツのポケットに手を入れてきた。
「真澄様!」
隣にいた社員が、真澄を庇うため動こうとする。
「聖!構うな!」
一喝し、黙らせる。

スーツの内ポケットを探っていた男の手が、財布と名刺入れを引っ張り出し、中を確認する。出張用の英文の名刺には、プレジデントと記してあった。男が残りの二人に「連れて行け」という様に、顎を釈って見せた。

男二人に両脇を捉われワゴン車に押し込まれた。手を後ろ手に組まされてバンダナで縛られる。

車は北上し橋を渡る。ここから先は旧市街そして、スラム街に続いている。観光客なら橋の上で確実に止められる。40分ほど走った所で車は止まった。

木造の長屋の様な建物に中途半端に二階が付いている。ここいらではよく見る造りだ。

バンダナを外され、手錠で改めて拘束される。持っていたパスポートと携帯も奪われ、写真を撮られた。

二階の居住部屋とも物置きとも言えない部屋に、荒っぽく真澄を放り込むと男達は出て行った。

(一階が、アジトになっているのか)

注意深く辺りを見回すと、真澄は置かれている状況について目まぐるしく考え始めた。

小さな天井の低い部屋。窓には鉄格子が嵌っている。剥き出しのパイプベッドがひとつ。飲み物のビン、空きカン、角材や工具、鉄パイプなど雑多な物が並んでいる。

(まだ、救いはある。多分この犯行は計画的な物ではないだろう。現場からもそう離れてはいない。写真を撮られたからカードで金を引き出す短期誘拐では無く、脅迫が目的の誘拐だろう。従って交渉に時間がかかれば、今すぐ殺害される危険も少ない。後はこいつらが何処までやるか・・・だな。頼むぞ、聖。俺は何があってもマヤの元へ帰らねばならん)

一方、現場に残された聖も素早く行動を開始した。

真澄の携帯には、GPS機能が付いている。大使館に駆け込み、日本への連絡、情報収集、聴き込み、追跡を始める。車も手配して貰った。夜になってインターネットに犯行声明がアップされたのを確認すると、理由をつけ大使館を抜け出した。




(どの位時間が経ったのだろう。)

真澄はベッドに腰掛け、鉄格子越しに空を眺めた。極限まで細くなった下弦の月が見えた。冷たく光る鋭利なナイフのように思えた。

その時、窓の外から壁を微かに引っ掻く音が聞こえ、鉄格子の向こうに聖が中を覗き込むのが見えた。

「真澄様、遅くなって申し訳ありません。大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ。奴らは?」

声は密やかだが、はっきりと答える。

「下がアジトの様ですが、今は誰も居ないようです」

「そうか」

「すぐここを開けますので少々お待ち下さい」

「はっ」と短く気合いを入れると鉄の棒がグニャリとひしゃげる。
出来た僅かな隙間から、するりと入り込む。

床に転がっていた針金を拾うと真澄に掛けられた手錠を器用に外す。

真澄は、手首に着いたアザをさすりながら尋ねた。

「こいつらどう思う?」

「こちらに来るまでに、少し情報収集して参りました。どうやらイスラ?国や、アルカイ?などのテロ組織とは、無関係の様ですね。地元を拠点にしている武装強盗団と思われます。動画サイトで身代金を要求したのは、テロリストの模倣と考えて良さそうです」

「やはりそうか。ならば逃げ出しても問題は無いな」

「逃げるのならば、賊が戻る前にお早く」

「いや、奴らパスポートを持っていった。取り返す」

「パスポートなら、大使館で再発行出来るのでは?」

「それでは、マヤの出産に間に合わん。必ず帰ると約束している」

「マヤさまと・・・では」

「殴り込む」

「・・・真澄様、これを・・・」
聖はスーツの下に着けたホルスターから、拳銃を取り出した。

「いや、俺はこれでいい」

真澄は部屋の片隅に立て掛けられた、鉄パイプを手に取ると、シュッ、シュッと振って見せた。

車のタイヤが砂利を踏む音、ドアを開閉させる音が聞こえた。

聖は真澄に目配せすると、部屋のドアに張り付いた。
真澄は元いた様に手を後ろに回しパイプベッドに腰掛ける。
足音が近づく。
ガチャリとドアが開き、男がひとり入って来た。
間髪を入れず、聖が手刀を振り下ろすと、男は音もなく崩れ落ちた。

あと二人。

地階に降り内部の様子を伺う。
薄暗い部屋の中、パソコンに向かう男の背中が見えた。

もう一人の男は、椅子に掛け買い物袋をかき回していた。

袋を探っていた男がふと顔を上げ、聖の存在に気づく。

聖が動き、男の持っていた袋ごと、顔めがけて蹴り上げる。素早く後ろに回り、羽交い締めにして自由を奪う。
聖を横目で見ながら、真澄はパソコンの前の男に近づく。男が振り向きざま、上段に構えた鉄パイプを打ち下ろす。ドサリと男が倒れた。

手早く、聖が男達の手足を縛り上げていく。

「真澄様、どうなさいますか?」

「そうだな。警察に突き出しても良いんだが、そうすると事情聴取が面倒な事になる」

「大使館の前にでも、転がしておきますか?」

「いや、ちょっと待て」

パソコンの置いてある机に、真澄の財布、パスポートなどが無造作に投げ出されているのを見つけると、それを元通りスーツのポケットに収める。携帯で縛り上げられた男達の様子を撮影し、あっと言う間にその動画をアップしてしまった。

「これで、いいだろう」
ニヤリと片頬で笑って見せた。

「馬鹿な奴らですね。強盗だけで終わらせて置けば、こんな事にならなかったのに・・・」

「国際的に大都に脅しをかけたんだ。この位の制裁は受けて貰う。速水真澄にケンカを売るとこうなるということが解っただろう。当然の報いだ」

「さっ、戻るぞ聖」

「はい。真澄様」

聖が乗って来た車に乗り込む。

来た時と同じ橋を渡って戻る。

真澄はふと思い出した。

「ところで、ソレ」
と聖の腰の辺りを指差す。

「空港に行く前に、処分しておけよ」

「当たり前です。何しろ私は大都の、ただの社員ですからね」

スルスルと窓を開け、拳銃を川に放り投げた。

「良く言うよ」

「何か、問題でも?」
憮然とする。

「いや、今回一緒に来たのがお前でなければ、こうは行かなかった。礼を言うよ。ありがとう」

「い、いえ。その様な事は・・・」今度は照れているらしい。
「真澄様、月が笑ってます」

「うん?」

真澄が空を見上げると、オレンジの皮のような薄っぺらい月が、笑った口許に見えなくもない。

「ああ、優しそうな月だ」

その時、星が一筋流れた。

「早く、マヤに逢いたいな」

心から願う。

「ええ、帰りましょう、マヤさまの元へ」



・・・to  be  continued


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